郷土食と、暮らしのこと。

兵庫県淡路市 母になって味わう、母親の愛 『ちょぼ汁』

2015/09/01

食文化研究家の清絢さんに、日本全国のさまざまな土地で出会った郷土食と、その土地の暮らしについて教えていただく不定期連載です。

産後回復を願ってつくる郷土食

今回清さんに教えていただいたのは、兵庫県淡路市に伝わる「ちょぼ汁」。このちょぼ汁は、出産後、娘のために母親がつくって食べさせる風習があるお汁で、いりこでとった出汁のなかに、餅粉のお団子と、ずいき、ささぎ(黒ささげという豆)を入れ、味噌で味をつけて最後に鰹節をのせたもの。見た目はぜんざいのようだが、味は味噌汁に近いという。

「ずいきは、古い血をおろし、血をきれいにすると伝えられており、カルシウムも豊富です。また、餅やささぎは、栄養価が高く元気がでます。昔から受け継がれる食の風習や知恵は、理にかなっているなぁと思いますね」と清さんが言うように、このちょぼ汁は出産後の娘の体力回復のために、母が娘にぜひ食べてほしい一品らしい。娘が島外に嫁いだ場合も、母親は、ずいき、ささぎ、餅粉などを折(おり)につめて用意し、娘の嫁ぎ先で腕を振るう。娘に食べさせるだけでなく、お鍋にたくさんつくって、お祝いに駆けつけた友人や、親戚にもふるまってともに出産を祝うのが習わしだ。

「ちょぼ汁という名前の由来はいくつかあります。赤ちゃんが、どうか“おちょぼ口”になりますようにと願う事からという説。お団子におへそのようなへこみをつける地域もあり、そのへこみを“ちょぼ”と呼ぶ事からという説など、さまざまです。お団子の形にも意味があり、女の子が生まれるとまん丸にするか、真ん中をへこませ、男の子が生まれたら先を尖らせます。そうして、健やかに成長するようにと願うんですね」と清さん。「長野や北関東などでは、産後の食事として、鯉こくなどを食べる風習がありますが、このちょぼ汁は淡路島独自の郷土料理。淡路島全土に広まっていて、ちょぼ汁のほかに、汁だんごという呼び名の地域もあるようです」。

今では子どもたちや観光客にも


「昔は、産後の女性のための食事だったちょぼ汁。今の若い女性のなかには、産後にちょぼ汁を食べない人も増えてきていますが、代わりにこの島を訪れる観光客が口にできる機会が増えてきています」と清さんは言う。イベント時などには、島の女性グループによるお手製のちょぼ汁が直売所などに並ぶほか、郷土料理としてレストランなどで提供するところもあるとか。また、学校給食にも取り入れられている。「たとえ年に1回の献立でも小学生の間に6回食べることになり、そうした記憶は子どもの心に残るものです」と清さん。

「ちょぼ汁のほかにも、淡路島にはおいしいお料理がたくさんあります。ここは、若狭、志摩と並んで、御食国(みけつくに)といい、平安時代以前は、朝廷に食べ物を献上することが定められていた場所でした。塩やあわび、海藻などの海産物、蘇(そ)と呼ばれる今でいうチーズのような物もつくられていたとされています。そうした歴史もうなずけるほど、豊富な食材とおいしいものがたくさんあり、独自の食文化を持つ土地。母の愛がいっぱいつまったこのちょぼ汁も、若い世代に受け継がれる一品になってほしいですね」。

清 絢 (きよし あや)さん

食文化研究家

清 絢 (きよし あや)さん

食文化研究家

清 絢 (きよし あや)さん

一般社団法人 和食文化国民会議 調査研究部会幹事。
大阪府出身。地域に伝承される郷土食や農山漁村の食生活の調査研究から、郷土食に関する執筆や講演などを行う。
近著は『和食手帖』(共著、思文閣出版)、 『ふるさとの食べもの(和食文化ブックレット8)』(共著、思文閣出版)、『食の地図(3版)』(帝国書院)など。

「郷土食と、暮らしのこと。」の他の記事を読む

To Top

このサイトについて

https://www.marukome.co.jp/marukome_omiso/hakkoubishoku/
お気に入りに登録しました