日本の伝統 保存食を極める

第四回 酒盗 神奈川県小田原市 しいの食品

2013/08/16

季節を問わずに野菜や果物、魚介類が手に入るようになったのは、つい最近のこと。冷凍や輸送の技術が発達するまでは、その時期に手に入るものを食するしかなかった。

いつでも生鮮食料品が手に入る温暖な地域だったら旬のものだけで十分だけど、世界には気候や風土の関係で長い期間食料の確保が難しくなる土地もたくさんある。そこで発達したのが保存食。生鮮食料品を、発酵、乾燥、燻製などの技術で加工して備える。世界各国では今なお多くの保存食が工夫され、作られている。

食文化の土台を支える生活の知恵、保存食を極める旅。第四回目は、究極のお酒の肴「酒盗」です。

魚のホルモン。酒盗はうまみ成分の宝庫

その昔、ある殿様が「酒がどんどん進む。酒を盗みたいほど箸が進む」と言ったことからその名が付けられたという酒盗は、かつお、マグロなどの内臓を塩漬けにして熟成させ、味付けをした食品。

日本では約300年前の江戸時代に食されていた記録があるが、現代のお酒好きにも引き続き愛されている。

「よく酒盗と塩辛が同じものだと思っている人を見受けますが、2つは材料も作り方も違うんです。酒盗は鰹や鮪の胃と腸だけを選別して使いますが、塩辛はあまわたなど内臓全部を漬けこみます。酒盗は半年から1年間じっくり熟成させるのが特徴です」と教えてくれたのは、酒盗メーカーの老舗『しいの食品』で20年間勤務数するベテランの千葉隆一さん(生産部加工課)。

酒盗に苦味があまりないのは、あまわたを除き胃と腸だけをていねいに選別して洗浄するから。ちなみに、1匹4~5kgのかつおから30~40gしか材料は取れないという。

そして、味わいを決める肝は熟成(発酵)。あっさりした味の塩辛と違って、酒盗には濃厚で独特のまろやかなコクがある。

「熟成によって胃や腸に元々含まれている酵素が発酵して、グルタミン酸とイノシン酸や各種アミノ酸のさまざまなうまみ成分が生まれる。自然発酵を見事に利用した食品で、長期保存(常温で約1年間、開封前)も利くんですよ」(千葉さん)

昆布やチーズ、海苔や玉ねぎなどに含有されるグルタミン酸と、鰹節やマグロ、牛のすね肉などに含まれるイノシン酸。2つのうまみ成分は、洋の東西を問わず世界中の料理で重宝されている。酒が止まらないほど酒盗がおいしく感じられるのは、科学的な裏付けに支えられているのだ。

さて、酒盗の主な原料は水揚げ量日本一の焼津港(静岡県)で獲れたかつおとマグロ。

魚はすぐに解体され、たとえばかつおの酒盗は鰹節になる胴体から取り除かれた胃と腸を使用する。洗浄後の新鮮な胃腸はピンク色に染まって、そのままでも食べられそう。

「すぐに塩漬けして細かく切ってから熟成庫へ。寒い冬から漬けこむならば1年間、夏から漬けるならば半年間熟成させます。熟成の度合いがポイントなので、においや味を絶えずチェックしています」(千葉さん)

牛や豚のホルモンと比べると、魚のホルモン=酒盗は脂肪分ほぼゼロ。栄養素たっぷりで、西洋料理でよく使われる塩蔵アンチョビと同じく、調味料としても利用できる。しかしながら、酒盗の底力はまだまだ広く知られてはいない。


和製アンチョビが料理の幅を広げる

酒盗の魅力をもっと多くの人に知ってもらいたいと、しいの食品では、近年とくに若い世代向けに積極的にアピールしている。

「親父が好きな酒のつまみ、珍味。それだけで終わらせたくないんです」とは、同社生産部の丸山浩和部長。

2011年からは、調味料としても使える特徴を生かした「和製アンチョビ」のコピーで売り出している。

レシピの提案は、フードコーディネーターの遠藤薫さん(生産部商品開発課)の仕事。この日は、3つのメニューを用意してもらった。

まずは、シソやみょうがなどの薬味が乗ったごはんに出し汁をかけた冷汁。かつおの酒盗をちょこっと添えると、味に深みが増して食が進む。同じくかつおの酒盗を冷奴に乗せると、コクが出てお酒のつまみに最適。

そして、かつおよりもインパクトの強いうまみを感じるマグロの酒盗は、カナッペにぴったり。

「酒盗とチーズ、酒盗と納豆など、発酵食品同士の相性はすごくいいんですよ」(遠藤さん)

酒盗をほんの少し加えるだけで、これだけ味が変わるとは驚き。今回は3つとも酒盗をそのまま添えたメニューだったが、酒盗は熱を通すとさらに使い勝手が増すという。

「加熱すると溶けて具材と混ざりやすくなるし、コクとうまみがぐっと深まります。チャーハン、パスタ、ピザ、お茶漬けなど和洋中華問わず、いろいろな料理で使えます」(遠藤さん)

アンチョビ以上に調味料としての可能性を感じる酒盗。同社の直営店(写真の『テラスモール湘南店』など)では、より多くの人に食体験してもらおうと試食コーナーを設置。また、足柄SAでは酒盗をアクセントにした特製わっぱめしやチャンジャも販売。昔から親しまれてきた伝統の味をアレンジして、新しい世代に伝える努力を惜しまない。

しいの食品

住所:
本社工場 神奈川県小田原市成田939
TEL:
0465-36-5511
URL:
http://www.shiino.co.jp/

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