日本の伝統 保存食を極める

日本の伝統 保存食を極める
第一回 梅干し 和歌山県(株)東農園

2012/12/20

季節を問わずに野菜や果物、魚介類が手に入るようになったのは、つい最近のこと。冷凍や輸送の技術が発達するまでは、その時期に手に入るものを食するしかなかった。
いつでも生鮮食料品が手に入る温暖な地域だったら旬のものだけで十分だけど、世界には気候や風土の関係で長い期間食料の確保が難しくなる土地もたくさんある。そこで発達したのが保存食。生鮮食料品を、発酵、乾燥、燻製などの技術で加工して備える。世界各国では今なお多くの保存食が工夫され、作られている。
食文化の土台を支える生活の知恵、保存食を極める旅。第一回目は、日本の食卓に欠かすことのできない「梅干し」を取り上げます。

100年保存も可能!? 梅干しは史上最強の保存食。

 
 
梅干しは梅の果実を塩漬けした後に日干しをするとできあがるのだが、上手に作れば何年でも何十年でも(ときには数百年も!)腐らない究極の保存食だ。
梅干しが日本で作られはじめたのは平安時代。当初は上流階級の薬として扱われていて、村上天皇(926-967年)が梅干しと昆布茶で病を治したという言い伝えも残っている。戦国時代になると、梅干しは戦に出る武士の必須アイテムで、戦場での傷の消毒や食中毒・伝染病の予防に使われていたとか。
庶民がおかずとして梅干しを食べる習慣は、梅の栽培が盛んに行われた江戸時代になってから。梅を簡単に手に入れることができるようになってからは各家庭で好んで漬けられた。
現在では家庭で梅干しを漬けることは少なくなったが、スーパーやコンビニ行けば手に入る、身近な食材であることに変わりはない。日本人の年間購入数量の平均は約800g(総務省統計局、2010年)、ひと粒の重さが約15~30gだとすると、ひとり30~50個くらい。みんなはどのくらい食べているのでしょうか。

 
 

 
 
梅干しの故郷といえば、和歌山県。
一年を通じて温暖な気候に恵まれた和歌山県中部。江戸時代、ここは徳川御三家のひとつ紀州徳川家が治めていた土地で、初代藩主の頼宣(徳川家康の十男)のときに梅の栽培が奨励されて以来、梅の産地に。現在では、全国の6割以上を収穫する(年間約6万トン)日本一の梅王国になっている。
数ある品種のなかでも、昭和20年代に開発された「南高梅」は、薄くて柔らかい皮と厚くてきめ細かい果肉が特長で梅干し界の最高峰ブランドとされている。今回訪れたのは、南高梅を生んだ地で創業178年を迎える「(株)東農園」さん。大阪天満宮と熊野本宮大社の御神園を賜り梅干しを献納している由緒正しき老舗メーカー。完熟した紀州南高梅のA級品のみを独自の手法で漬けこんだ看板商品の「紀州五代梅」は、タレントや文化人が贈答品として選ぶものとしてしばしばメディアにも取り上げられている。ひと粒400円(「紀州五代梅の心」化粧箱入り)の最高級梅干しの秘密に迫ってみよう。