日本の朝ごはん

天空の禅寺で精進料理の心を知る 埼玉県秩父市 大陽寺

2013/09/12

精進料理はもともと修行僧のための食事で、動物性のタンパク質を排したいわゆるベジタリアンフードである。

日本では鎌倉時代以降に禅宗の普及とともに発達したが、味噌・豆腐・こんにゃく・ひじきといった調味料と食材、すり鉢などの調理器具、しっかりとした味付けが特徴の調理方法などは、精進料理で開発された後に懐石料理や一般の日本料理に取り入れられたといわれている。

今回は、精進料理の真髄を知るために秩父の山中に構える禅寺、大陽寺に伺いました。

携帯電話がつながらないぜいたくな場所

標高850mの山中にあって、周囲5㎞に人家なし。

鎌倉時代末期に開山した大陽寺(臨済宗)は、俗世間から遠く離れたこの場所に約700年間ひっそりとあり続けている。

「目の前に広がる自然を前にして、等身大の自分を見つめ直してほしい」

そう語るのは、東京でのサラリーマン生活を経て、8年前に大陽寺にやってきた26代目の住職、浅見宗達さん。

携帯電話は圏外、聞こえてくるのは渓流の音と虫や鳥の声。江戸時代に建てられた本殿の畳部屋にじっと座っているだけで、煩わしいことが頭の中からすーっと消えていくようである。

渓声すなわち是長舌。山色あに清浄身にあらざらんや。

(渓谷の流れはありがたいお経のようである。山の姿は清らかな仏の像にほかならない)。

大陽寺を開山した仏国国師が、どうして学ぶための教本や拝むべき仏像がない山奥にずっとこもるのかと弟子たちに問われたとき、こう答えたという。国師の言葉は今でもまっすぐわたしたちの心に届く。

ある新聞社が企画した「初心者にお勧めの宿坊ランキング」で数多の施設のなかで大陽寺がぶっちぎりの1位に輝いたのもうなづける。700年間不変、余計なものがなにもない世界。なんてぜいたくなのだろう。

自分の中に埋まった清浄な心を探す時間

朝夕の読経、その後に食事(朝は、読経後に座禅)。

大陽寺のタイムスケジュールはきわめてシンプルだ。不定期に質疑応答形式の法話が設けられるが、残りの時間は、各々が好きなことをすればいい。

好きなこと、といっても大陽寺でできることは数少ない。周辺を散策するか、写経をするか座禅を組むか、はたまた昼寝をきめこむか。

「肩の力を抜いてありのままの自分でいてください。そして、ありのまま生きていられることは素晴らしいと気づいて欲しい。誰でも仏心、清浄な心を持っています。でも、仏心は玉ねぎの芯のごとく幾重もの皮に包まれている。写経や座禅は皮を取り除くために行います」

気づくこと、芯に触れることが住職からの宿題とするならば、やっぱり宿題は難しい。

肩の力を抜くのは簡単だが、たとえば写経をすれば腹の虫が鳴いて集中できず、座禅を組めばうとうと眠りそうになり、なかなかその先へ進めない。諸行無常とはこのことか。ただし、気持ちいいほど退屈できるのは確かで、これだけでも貴重な経験だ。

大陽寺ならではのレクリエーションがあった。

「ひとつくらい自分のための楽しみが欲しかった」と、住職が1年かけて自ら作った露天風呂。天気に恵まれれば、夜は満天の星を見ながら入浴できるそうだが、日頃の行いが悪いのか、わたしたちの夜は曇って星を拝めなかった。