郷土食と、暮らしのこと。

千葉県鴨川市『太巻き祭りずし』で春を知る

2015/03/06

食文化研究家の清絢さんに、日本全国のさまざまな土地で出会った郷土食と、その土地の暮らしについて教えていただく不定期連載です。

多種多様な絵柄が魅力

 今回清さんに教えていただいたのは、房総半島の内陸部、千葉県鴨川市の「太巻き祭りずし」。房総半島には、太巻きをつくる風習を持つ町が点在しているというが、長狭米の米所として知られる鴨川市もそのひとつ。昔からこのあたりでは、吉保八幡神社の流鏑馬祭りにあわせてつくられてきたほか、桃の節句、お花見、入学式など、年中行事や家族のイベントに合わせて、「太巻き祭りずし」が食べられてきた。太巻き祭りずし」といえば、その絵柄の華やかさ、かわいらしさで知られる。「昔はシンプルな幾何学模様や花の絵柄くらいだったようですが、今では、菜の花、つくし、ひまわりやクリスマスツリーなど、その種類は非常にたくさんあります。太巻きずしのコンクールなどもあることから、現在も種類を増やしています」と清さん。かつては、地域の太巻きずしづくりの名人である男性が、行事ごとに腕を振るっていたというが、戦後は地域の女性グループがその役割を担っているのだとか。

 材料は、酢飯に海苔、卵、かんぴょう、でんぶなど。そうしたどこにでもある材料を用いて、葉や花びらになるパーツをひとつひとつつくり、組み立てていく。ぎゅっと巻き終わり、最後に包丁を入れた瞬間あらわれる断面の華やかさ、かわいらしさは、「太巻き祭りずし」ならではのもの。さぞつくるのに、時間がかかるだろうと思ったが、清さんに伺うと、「女性グループの皆さんは、慣れていらっしゃることもあり、だいたい15分ほどで仕上がっていました。皆さんとても手際が良いんですよ」とのことだった。

若い世代に伝わる郷土食

 絵柄のかわいらしさ、華やかさから人気があり、講習会などを通じて若い女性にも伝承されている「太巻き祭りずし」だが、その背景には、千葉伝統郷土料理研究会を主宰する龍崎英子さんの大きな努力があったという。1950年代に千葉の太巻きずしの存在を知った龍崎さんはその素晴らしさに魅了され、以来、房総に点在する作り手を訪ねてまわるようになる。そして、当時作り手が減りつつあった太巻きずしを絶やしてはいけないと、聞き取った巻き方の技術や絵柄を若い世代に積極的に伝えてこられたのだとか。

 「日本全国、郷土食というのは作る人が少なくなり、だんだんと食べることができなくなってしまうものも多いのですが、この『太巻き祭りずし』は、若い世代にも広く伝承されている数少ない例のひとつです。龍崎先生が講習会などを通じて積極的に伝えて来られたこと。地域がコンクールなどのイベントを通じて盛り上げていったこと。絵柄の美しさから若い人たちにも人気が出たことなどが、その理由だと思います。また、『太巻き祭りずし』の場合、こうでないといけないという決まりをあまり設けなかったことも広く伝わった一因ではないでしょうか。たとえば巻く人によって、チーズなど現代的な材料を用いたり、新しい絵柄をどんどんつくるなど、現代風にアレンジすることをみんなで楽しんでいます。これは、郷土食を未来に伝える一つのヒントとなるかもしれません」と清さんは語る。

今では、県内の小中学校の調理実習でも取り上げられており、子どもたちにも人気があるという。

 「『太巻き祭りずし』は、千葉の郷土食としてずいぶん知られるようになりました。このようによく知られる郷土食をきっかけに、地域の食に関心を持ち、さらに別の料理にも関心を広げる方がひとりでも多くいればというのが、地域の皆さんの思いとしてあるようです。郷土食の伝承には、さまざまな方法が模索されていますが、『太巻き祭りずし』の例はとても興味深いですね。これからも多くの人に愛される郷土食であってほしいと思います」と清さん。

 桃の節句、お花見、入学式と、春の訪れを楽しみながら、この春もたくさんの華やかな「太巻き祭りずし」が生まれることだろう。

食文化研究家

清 絢 (きよし あや)さん

食文化研究家

清 絢 (きよし あや)さん

一般社団法人 和食文化国民会議 調査研究部会幹事。
大阪府出身。地域に伝承される郷土食や農山漁村の食生活の調査研究から、郷土食に関する執筆や講演などを行う。
近著は『和食手帖』(共著、思文閣出版)、 『ふるさとの食べもの(和食文化ブックレット8)』(共著、思文閣出版)、『食の地図(3版)』(帝国書院)など。