発酵を訪ねる

秋田の新旧発酵文化を巡る旅 Vol.2
横手のりんごの新たな可能性
okanoue projectのシードルに込められた思いとは

2018/12/06

秋田県が日本有数のりんご生産地であることをご存じですか?中でも、今回訪れた秋田県・横手市は、特にりんごの栽培が盛んな土地。取材へ向かう道すがら、多くのりんご農園を目にすることができました。

異業種が集まって手探りのシードルづくりをスタート

2015年、クラウドファンディングでの資金調達を足掛かりにスタートしたokanoue project。聞けば、メンバーはそれぞれが異なる本業を持ちながら、並行してプロジェクトの活動を行っているといいます。

okanoue projectのメンバーの皆さん。左から、佐藤研太郎さん、佐藤和也さん、高橋知広さん。

「シードルの存在を知る以前は、ワインづくりをしてみたいと思っていたのですが、僕の実家はりんご農園。せっかくだったら、うちで獲れたりんごでシードルを作ろうと思うようになりました」と、プロジェクトを立ち上げたきっかけを話すのは、横手市にあるさとう果樹園の4代目園主・佐藤和也さん。その後、7年という歳月を経て、このプロジェクトをともに動かす同志たちと出会うことになります。

その中の一人である佐藤研太郎さん。普段は横手市鍛冶町で「やまさ薬局」という薬局を営んでおり、シードルとは最も縁遠いように思えましたが…。

「以前、僕が主催していた異業種交流会の一環として、『農楽交』というコミュニティを作り、地元の農家さんたちと、われわれ消費者が交流する機会を設けたことがあったんです。そこで出会ったのが佐藤和也さん。自分が違う職種だからこそ、農家や農業の話が新鮮で、魅力的に感じられました。そして、彼らと一緒に視野を広げて、成長できるような何かをやりたいなと思うようになったんです」(佐藤研太郎さん)

しかし、シードルづくりプロジェクトの構想が進むうち、ひとつの壁にぶつかったといいます。

「シードルの醸造を学びに醸造家さんの元を訪ねたんですが、学校で醸造を学んでいないと無理だと門前払いされたんです。いわれてみれば、独学で免許を取得せずにお酒を作ると、酒税法違反になってしまうので、これはごもっともなんですよね。

想像以上に醸造を行うハードルは高いということがわかったので、専門の会社に委託することに決めました。そして、今度は酒屋さんを探さなきゃと思っていたところに、紹介されたのが高橋知広さんでした」(佐藤和也さん)

こうして、同じく横手で「高留酒店」を営む高橋知広さんがプロジェクトにジョインし、okanoue projectがスタートしました。スタートするにあたってメンバー全員が共通認識として持っていたのは、「地元・横手に貢献する」という目標でした。

りんご生産が盛んな横手で
シードルが発展しなかった理由

奥羽山脈と出羽山地に囲まれた日本一大きな盆地である横手市は、昼夜の寒暖差が激しく、農産物の栽培に適しているため、140年以上も前からりんごをはじめとする果樹生産が行われています。しかし、そのりんごはあくまで生食用がメイン。加工する文化はほとんど発展してこなかったといいます。

「正直なところ、収入面で一番手取りが多いのは生食用。青森や長野と比べると収穫量が少ない一方、積雪など気候的な問題(内陸部に位置する横手は豪雪地帯)で、脚立に登らなければりんごが獲れないほど木の枝を高くしないといけないなど、生産するにあたってとても手間がかかるという事情があります。土自体は果樹の栽培に適しているし、恵まれた土地ではありますが、獲れたりんごを加工するとなると、さらに手間とコストがかかるんですよね」(佐藤和也さん)

「でも、元々横手は酒づくりが盛んな土地。日本酒はもちろん盛んですが、ホップの生産量が全国1位で酒造大手のグループと提携を結んでいますし、大森地区のぶどう(リースリング)は『大森産ブドウのワイン』という商品に使われているんです。こんなにお酒の種類もあるし、りんごもあるのに、シードルがほとんど作られていなかったというのは不思議ですね」(佐藤研太郎さん)

そんな状況の裏には、昔ながらの職人気質な生産者たちの「横手のりんごは生が一番おいしいんだから、加工なんかしなくてもいい」というプライドがあるのかもしれません。

「そういった、食品気質の農家さんは今もたくさんいます。だからこそ、この地で育ったりんごの良さや風味を残したシードルを作って、まずは地元の方々に愛されたいという思いが強いです」(佐藤和也さん)

シードルの味は「カメレオン」でもいい

ただ、驚いたことに、メンバー全員がプロジェクトを始めるまでシードルに対する知識を持たず、特別な思いすら抱いていなかったといいます。

「飲み始めてから気が付いたんですが、シードルは種類によってまったく味が異なるんですよ。日本酒、ビール、ワインは『こんな味だよね』と、だいたいの共通認識の範疇に収まると思うんですけど、シードルはそうじゃない。『え、これもシードル?』と驚かされることが今でもあって、それがおもしろさだと思っています。

それに、まだそんなに浸透していないからこそ、日本酒やワインと違って通ぶる人がいないっていうのもいい(笑)。うんちくを語る通の人って、ビギナーからしたらうっとうしいときがあるじゃないですか(笑)」(佐藤研太郎さん)

「自分たちの目指すシードルのスタイルがわからなかった最初の頃は、委託した醸造家さんに希望を伝えてすり合わせることが難しかったんです。そういった、委託して作るからこその苦労はありますが、今ではそれがおもしろいと思えるようになりました。醸造場によって個性がまったく違うんですが、その違いを毎回楽しめますから」(佐藤和也さん)

しかし、その言葉を裏返すと、「これぞokanoue projectのシードル」という特徴は、定まっていないということになるのでは?

「そうですね。ただ、この地で作られたりんごの特徴と風味をしっかり残したいというのは、きちんと醸造家さんに伝えています。それを踏まえていれば、味自体は『カメレオン』でもいいと思っています。良くいえば一期一会というか(笑)」(高橋知広さん)

「シードルは、味の振れ幅がすごくあっておもしろいというのが、個人的には一番伝えたいところ」と佐藤和也さん。委託醸造場の数も増やしているというokanoue projectで作られたシードルは、毎回まったく違う味が体験できるようです。

まずは地元で愛されたい

さとう果樹園では、現在約10種類のりんごを栽培していて、シードルを作る際の品種は毎回変えているそう。

「いつ収穫された、どんな品種の物なのかといったストーリーも大切にしたくて。その上で、スタンダードな物を作ったり、生産量を増やしたりしていければいいですが、メンバーそれぞれ本業があるので、okanoue projectに取れる時間が限られるのが難しいところですね」(佐藤研太郎さん)

懸念や苦労はあれど、3人の見つめる方向は同じ。スタートから3年目を迎えたプロジェクトの展望は可能性を広げているようです。

「少しずつですが、周りに認知されてきている実感はあります。ただ、地域に貢献したいという目的で始まった活動なので、まずは地元で愛されたいという思いが強いですね。また、自分たちの思いに共感してくれる方々と一緒にやっていきたいので、流通をガンガン増やしていくよりは、アメーバみたいにじわじわとご縁がつながっていく形のほうがフィットしているのかも。

また、いつか自分たちの醸造場を作りたいというのも目標のひとつです。最終的には僕らの世代がおもしろいことをやっていくことで地元が盛り上がり、農家離れが少なくなっていけばうれしいですね」(高橋知広さん)

「僕らの活動に賛同してくださる異業種の方や企業とのコラボレーションも、少しずつ展開している最中です。こうしてみんなで輪を広げながら大きくしていけたらなって思います」(佐藤研太郎さん)

「okanoue」というプロジェクト名は、さとう果樹園を含む、秋田県に多いりんご畑の地形に着想を得ているそう。丘の上で悠々と育った眼前に広がるりんごの木、その情景を目に焼き付け、思い浮かべながら飲むシードルの味は格別でした。

今回撮影したのは、「綯交(ナイマゼ)」(2018年8月発売)と名付けられたokanoue projectの7作目となるシードル。華やかなりんごの風味を持った、甘さ控えめなスパークリングワインのようなテイストで、グイグイ飲んでしまいたくなりました!