郷土食と、暮らしのこと。

岩手県 一関市の餅食文化。
多様な味わいの餅料理がお膳を彩る

2020/04/27

食文化研究家の清絢さんに、日本全国のさまざまな土地で出会った郷土食と、その土地の暮らしについて教えていただく不定期連載です。

汁物も、おかずも、甘味も
餅づくしを楽しむ餅本膳

豊かな田園が広がる東北有数の穀倉地帯、岩手県一関市。
ここは、独自の餅食文化があることで知られている。

「一関市では、お祭りや年間行事、人生や農作業の節目ごとに餅を食べるのが習慣です。たとえば、お正月や111日の農始めの日には『福取り餅』と呼ばれるきなこ餅や『雑煮』、3月の桃の節供には『よもぎ餅』、9月の菊の節句には『ずんだ餅』、一年間のごみや埃を払う1227日のすす払いには『草餅』など、年間60日以上の餅を食べる行事があると言われています」と清さん。

いつどのような種類の餅を食べたり、供えたりするかを表す「餅暦」もあるという。

地元の方が慣れた手付きで丸餅をつくる。
「つきたてのお餅はおいしくて、食べすぎないかと気にしつつ、次々と口に運んでしまいます」と清さん。

「行事のなかで特に珍しいのは、婚礼や法事の席で振る舞われる『餅本膳』です。漆塗りの高脚御膳に、あんこ餅、料理餅、雑煮、口直しの大根なます、漬物が並びます。それらをいただく作法も決められていて、かつてはそうした作法を学ぶための『しつけ道場』もあったそうです」

『しつけ道場』では、最初になますを一口食べ、その次にあんこ餅、料理餅、雑煮の順に食べるなど、細かな手順や作法を学ぶという。

「お膳に並ぶ餅の種類は、季節や行事、場所によって変化します。ヌマエビを使った『エビ餅』は赤くておめでたい雰囲気からお祝いごとに並ぶことが多く、納豆をまぶした『納豆餅』は、糸をひくため弔事には相応しくないとされているそうです。ほかにも、キジのひき肉とごぼうや人参をまぶした『キジ餅』、ホヤを絡めた『ホヤ餅』など、さまざまなお餅が今も食べられています」

「『エビ餅』(左)はとても色鮮やかで御祝いごとにぴったり。
『キジ餅』(右)はとてもおいしく味わい深かったです」と清さん。

江戸から続く 餅食文化を現代に

ユネスコ無形文化遺産に「和食」が登録された際、日本が提出した申請書に詳細に記されたという一関の餅食文化。長きにわたってこうした文化が築かれた背景には、もともとこの土地が米どころとしてよく知られていたこと、江戸時代に伊達藩が一関周辺を統治していたことが関係しているという。

「江戸時代、伊達藩の領主の家では、毎月1日と15日に神前に餅を供える風習があり、その習慣を領民たちにも義務付けるようになりました。しかし、庶民にとって餅米は大変貴重なもの。月に2度、餅米だけの白い餅を毎回用意することができず、代わりにくず米や雑穀を混ぜた『しいな餅』をつくっていたそうです。そうしたしいな餅をおいしく食べるための工夫として、季節ごとの食材をいかし、さまざまな味で餅を食べるようになったと言われています」

伝統的な食べ方で餅本膳を食べる機会は減っているものの、今でも一関ではさまざまな餅を食べることができ、観光客に「餅料理」や「餅本膳」を提供する飲食店や、餅を食べるための礼儀作法を学べる場所もあるそうだ。

「目に華やかでおいしく、ここでしか味わえない餅料理の数々は地元の人だけでなく、この土地を訪れる人にとっても楽しい食文化です。少しずつ現代的な要素を取り入れつつも、一関の文化として長く残り続けていくことでしょう」

清 絢 (きよし あや)さん

食文化研究家

清 絢 (きよし あや)さん

食文化研究家

清 絢 (きよし あや)さん

一般社団法人 和食文化国民会議 調査研究部会幹事。
大阪府出身。地域に伝承される郷土食や農山漁村の食生活の調査研究から、郷土食に関する執筆や講演などを行う。
近著は『和食手帖』(共著、思文閣出版)、 『ふるさとの食べもの(和食文化ブックレット8)』(共著、思文閣出版)、『食の地図(3版)』(帝国書院)など。

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