発酵を訪ねる

食べることは生きること。
梅農家・岩田紀子さんの「農ある暮らし」

2020/08/06

食べることは生きること。梅農家・岩田紀子さんの「農ある暮らし」
食べることは生きること。梅農家・岩田紀子さんの「農ある暮らし」

群馬県・榛東村で梅づくりを営む岩田紀子さん。梅をはじめ、米や大豆、麦の栽培を自然農法で取り組んでいます。住まいでもある築100年の古民家では、「はるな山麓 農Cafe」をオープンし、梅もぎや梅の加工品づくりのほか、田植えや稲刈りなどの体験イベントを、多くの人々に届ける日々…。

季節を感じ、土にふれ、自然の恵みを皆でいただく。そんな、ゆるやかで人と人との距離感も心地良い、「農ある暮らし」を実践している岩田さん。農作業の魅力と、梅を使ったおすすめのレシピについてお話を伺いました。

農業を通じて広がった人とのつながり

群馬県・榛東村で代々続く農家に生まれた岩田さん。幼い頃から農業が身近にあり、家業を手伝う機会も多かったものの、農家を継ぐ気はまったくなかったといいます。

自宅の庭にて、収穫した自慢の梅と岩田さん。

「以前は東京で建築デザイナーとして働いていました。店舗デザインやリニューアルに携わる毎日を送っていましたが、ある日、まだ傷んでいないのに解体される建物や廃材の山を見たとき、『これが本当に私のやりたかったことだろうか』と考えるようになったんです」

父親の余命3ヵ月という知らせを受け、モヤモヤした気持ちを抱えながら地元に戻り、しばらく建築デザイナーと農業の二足のわらじで活動していたのは、ちょうど20年前のこと。当時、築80年の養蚕農家だった実家の改築を行ったときに転機が訪れます。

「当時夢だった、古民家を蘇らせて確信しました。古くからある良い物を大切に使い続けたり、見直したりするうちに、『私の好きなことってこういうことなんだ』と感じたんです。都会で会社勤めをしていたときにはなかったたくさんの人とのつながりも生まれて、自然の尊さも感じられるようになりました。すると、農業がどんどんおもしろくなっていったんです」

そうして岩田さんは、農薬や化学肥料を使用しない自然農法での梅づくりに取り組むようになったのです。

農的な暮らしを
もっと体験してほしい

無農薬・無肥料での梅づくりを始めてからの自身の変化について、岩田さんは「生活全体がガラリと変わりました。食べる物、着る物、人との付き合いもすべてです。価値観そのものが変わったといってもいいかもしれません」と語ります。

「農作業をしていると、土地のパワーのようなものを感じます。そこにいるだけで、スーッと心が癒やされるような感覚です。ああ、いいなぁって。
改築を経てよみがえった古民家と、自然あふれるあるがままの農業。この環境を独り占めするなんてもったいないという想いが、ふつふつとわいてきたんです」

岩田さん自身でリノベーションした築100年の古民家。

そうして誕生したのが、「はるな山麓 農Cafe」です。梅もぎ体験や田植え、稲刈り、味噌・醤油の仕込み会などを開催。また、小梅のカリカリ漬け、白加賀の梅酒、南高梅で梅干しづくりといった梅の時期に合わせた、岩田さんのいつもの梅仕事を体験できるワークショップも大人気。季節と農をめぐるイベントを、年間を通して楽しむことができます。

「『農Cafe』で体験できる梅仕事は、日本の家庭で昔から行われてきたことばかり。難しい技術は何も必要ありません。体験後、ご自身のお友達を集めて梅を漬け込む会を開いてくださる方もいるんですよ。そうやって農的な暮らしが広がっていくのは、とてもうれしく楽しいことですね」

土とふれ合った記憶は人生の指針になる

現代の住環境では、日常生活の中で農作業ができる機会がないという方も多いもの。だからこそ岩田さんは、「お子さんには土にふれる体験をしてほしい」と強く願っています。

「土をさわったり泥だらけになったりした経験は、その後の人生の幅を広げてくれるような気がするんです。
『ドロドロで汚くなるから嫌』だっていい。実際に体験しなればわからないことが、きっと得られると思います」

梅仕事ワークショップの1コマ。多世代が集まることが多いという。

ワークショップやイベントには家族で参加する方も多く、大勢での作業はワイワイととても賑やか。
太陽の下で汗を流したり、かまどで炊いたご飯を皆で食べたり。冬には薪ストーブを囲んで団らんを楽しむこともあるそうです。

「食べることは生きること。食事は楽しく作って楽しく食べるのが一番ですよね。
自分が本当に心地良いと感じられる、心の拠り所になるようなヒントを持ち帰ってもらえたらと思っています」

愛情があるからこそ叶う、作物や菌との対話

岩田さんは、梅について語る際に、必ず「梅さん」と呼びます。そこには、作物に対する深い愛情と感謝が込められています。

「嘘だと思われそうですが、私は梅さんと話ができるんですよ(笑)。梅もぎに行くと、梅の木が『収穫して!』と言っているのがなんとなくわかるんです。きっと、飼い主がペットと話ができるとか、母親が赤ちゃんの考えていることがわかるというのと同じでしょうね。
大切に思っているからでしょうか、相手が望んでいることが頭に入ってくるんです」

自分が食べたい一心で始めたという味噌や醤油づくりにも、同じような感覚があるのだとか。

「不思議なもので、発酵食品づくりは回数を重ねるほど上手にできるようになります。それは多分、目には見えない菌がこの家に住み始めているからかなと思います。
味噌づくりのワークショップでも、同じ大豆で同じやり方で仕込んでいるのに、それぞれのお宅で発酵させると仕上がりが全然違うんです。菌に愛情を持って仲良くすればおいしくなる。それが『醸(かも)す』ということなのかもしれませんね」

毎週水曜日には、手作りの梅加工品や農作物を販売する「農Cafe BIO SHOP」もオープン。
ヒントになったのは、フランスで見たマルシェの風景だそう。

簡単にできる!
岩田さんおすすめの梅仕事

岩田さんご自慢の梅さんは、さまざまな梅仕事にぴったり。

「農薬を使っていないので、水に漬けて、洗ってからしっかり水気を拭き取り、へたを取って…といった手間もいりません。乾いた布でサッと拭くだけ。
しっかり煮沸消毒した水気のない瓶に詰めて、さまざまな手作りの梅製品を楽しむことができますよ」

今回は岩田さんから、「超簡単、誰でもできちゃう!」という、おすすめの梅レシピを教えていただきました。

瓶に入れたまま干すだけ。
ビン干し梅干し

  • [材料]
    3kg
    天然塩300g
  • [作り方]
    1. よく消毒し、乾かしておいた5Lの梅酒用瓶を用意する。
    2. 乾いた布などで梅を拭く(無農薬の梅の場合)。
    3. 梅を瓶に詰めて、最後に塩を入れる。
    4. 梅酢が上がってきたら、天日に瓶ごと3日ほど干す。

「梅干しはハードルが高いと思われがちですが、これは本当に簡単です。初めて作る方は、ぜひ梅と塩だけで素材が味わえる白梅干しを楽しんでいただきたいですね。慣れてきた方は、お好みでしそを入れるのもおすすめです。追熟はしないようにしてください」

夏の食卓で大活躍!梅醤油

  • [材料]
    どんな梅でもOK瓶に合わせて入る量
    醤油梅大4個につき約200mlが目安
    小瓶
  • [作り方]
    1. 乾いた布などで梅を拭く(無農薬の梅の場合)。
    2. 煮沸消毒して乾いた瓶に梅をびっしり詰めたら、醤油を入れる。
    3. 約2週間漬け込む。

3~4ヵ月ほど漬け込めば、梅自体も食べられるように。写真は1年ほど寝かせた梅醤油。

「梅醤油は、肉や魚など何にでも合う万能だれ。梅の香りがほんのりアクセントになってくれるので、冷しゃぶのタレや冷奴など、夏の食卓で大活躍してくれます。常温で数ヵ月、冷蔵庫保存なら1年くらい持ちますよ」

無理なく、楽しく、シンプルに。古民家での「農ある暮らし」を発信しながら、岩田さんの視線は自然環境のこれからにも向いています。

「各地には荒れてしまった山や竹林、畑、田んぼが数多く存在します。そういう場所をもう一度美しくよみがえらせるにはどうすればいいかを、無理のない方法で考えていければ。農家の仕事も、結局はそこに行き着くのかもしれませんね」

岩田紀子(いわたのりこ)さん

岩田紀子(いわたのりこ)さん

岩田紀子(いわたのりこ)さん

梅農家。群馬県・榛東村で築100年の古民家をよみがえらせ、「農ある暮らし」を営む。主な農作物は梅、米、大豆、麦など。梅もぎや梅加工品づくり、田植え、稲刈り、味噌・醤油の仕込みなど、季節と農を感じるイベントを開催する「はるな山麓 農Cafe」をオープン。毎週水曜日には「農Cafe BIO SHOP」と題して、手作り梅加工品や農作物を販売している。
https://noucafe-6.shopinfo.jp/

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