世界の発酵食品探訪

栄養豊富でグルテンフリー!
「テフ」でつくる
エチオピアの国民食「インジェラ」

2020/09/24

ごはん、パン、チャパティ、トルティーヤ、クスクスなど、主食と言われる食べ物は、国や地域ごとに数々あります。エチオピアの「インジェラ」もその一つ。テフと呼ばれる穀物を原料につくり、「ワット」と呼ばれるエチオピアのシチューなどと一緒に食します。
今回は、東京都目黒区にある エチオピアレストラン「クイーンシーバ」のオーナーで、エチオピア出身のソロモンさんにインジェラについて教えていただきました。

何十年も受け継がれる
スーパーフード「テフ」の発酵力

インジェラは、エチオピアの人々にとってはなくてはならない食べ物。朝も昼も夜も食卓に並ぶ、エチオピアの国民食です。アフリカ諸国のなかでも、インジェラを主食にするのはエチオピアだけで、「エチオピア人は、インジェラを食べないと食事をした気にならない」とソロモンさんは話します。

ロール状に巻いた「インジェラ」(手前)と小麦でつくられたエチオピアのスパイス風味のパン「ダボ」(奥)。
朝などには、ダボを食べることもあるが、「インジェラ」はエチオピアの食卓には欠かせない国民食。

インジェラの原料となるのは、世界で最も小さな穀物と言われるイネ科の穀物テフ。粉にして使用しますが、その小ささから胚芽やふすまなどを分けたり、取り除いたりせず、そのまま挽いて製粉します。つまり、すべて全粒粉です。そのため、アミノ酸、タンパク質、鉄分、カルシウム、食物繊維など豊富な栄養を含んでいます。また、小麦同様に炭水化物を含みますが、グルテンの含有量がほとんどなく、カルシウムや鉄分、マグネシウムは、小麦より多いのが特徴です。そのため、近年は、グルテンフリーのスーパーフードとして注目を集め、エチオピアだけでなく、アメリカやオーストラリアなどでも栽培が始まっています。

さらにこのテフが特別な穀物である理由は、自然発酵する力を持っていること。「ぶどうが自らの酵母によって発酵しワインになるのと同様に、テフも自らの酵母で自然発酵します」とソロモンさん。クイーンシーバでは、テフを3週間かけて発酵させて、インジェラをつくっています。しかし、エチオピアとは気候の異なる日本で自然発酵させるのは至難の技です。

エチオピアのさまざまな小物に彩られたエチオピア料理店「クイーンシーバ」

「簡単に発酵を促すために、イーストを加えて発酵させるレシピもあるようですが、それをしてしまうとテフならではのおいしさが損なわれてしまいます。ですから、クイーンシーバでは、何も添加せず、水とテフだけで発酵させています」

また驚くのは、新しい生地をつくる際に、前の生地を加えて、発酵を促しているという点です。

「テフに水を加えて発酵するのを待ちますが、この際、前回発酵したテフを少し残しておき、新しい生地に加えます。こうすることで、菌が受け継がれ、よく発酵するようになるのです。エチオピアの家庭では、10年、30年、50年と、菌が受け継がれていることも少なくありません」

発酵による酸味と気泡が味の決め手

クイーンシーバでは、お客様に提供するインジェラを毎日焼いています。そこで、実際に厨房に入り、焼き方を見せていただきました。
まず、円形の鉄板に、生地を渦巻状に薄く流し込んでいきます。そして、頃合いを見て蓋をし、蒸らします。インジェラがエチオピアのスチームブレッドと訳されるのは、そのためです。

くるくると渦状に生地を流し込み、ちょうどいい薄さのインジェラに仕上げるにはテクニックが必要

「インジェラの大きな特徴は、発酵による酸味です。この酸味がエチオピアのワット(シチュー)と相性がいいんです。この味なくして、インジェラとは呼べないですね」と話してくれたのは、料理を担当する殿塚さん。
おいしくなるにはうまく発酵しているかが重要で、毎日菌の機嫌を観察し、調整するそうです。

「菌は生き物ですから、どう付き合うかがとても大切。発酵の度合いは、季節によって違います。夏は菌の動きが活発なため、発酵しすぎないよう、毎日水を取り替えるなどして調整します。冬は、菌の動きが鈍くなり、発酵に時間がかかるため、ちょうど良い状態にあるか、毎日見極める必要があります」

クレープを焼く時のように流し込んでから円形に広げないのは、インジェラの特徴である気泡を潰してしまわないため。渦巻状に薄く流し込む技を習得するには、何度も練習が必要だと言います。

「気泡があるのは、うまく発酵しているから。また、気泡があることで、食べた時に独特の触感が生まれるし、ワットも絡みやすくなります。この気泡はおいしさの証なんです」

細かく入った気泡が発酵の証拠。そしてこの気泡がおいしさを左右する

また、インジェラはつくり置いて、翌日食べることができないそうです。

「インジェラには、グルテンなど、つなぎになる成分が含まれておらず、繊維が重なってこの形状を保っています。ですから、冷蔵庫などに入れるとバラバラになってしまうんです。また乾燥にも、湿気にも弱いため、毎日焼く必要があります」

エチオピアで使用される鉄板は、クイーンシーバのものよりも大きいものも多い

生地づくりも、焼き方にもテクニックが必要なため、エチオピアの人々は、好みのインジェラについて一家言あるといいます。

「エチオピア人は、インジェラに対するこだわりが強くて、うるさいんです(笑)。酸味や食感など、家ごとに好みがあります。また、子どもたちは酸味の強い味が得意でないため、子どものいる家庭は、頻繁に生地の水を取り替え、発酵を弱めた生地でインジェラをつくります。逆に大人は酸味が足りないと物足りなく感じますね」

スパイシーなエチオピア料理と相性抜群!
クセになるおいしさ!

3種類のワットのトラディショナルな盛り合わせ(2名分)

先ほど焼いていただいたインジェラと、三種類のワットが乗ったセットが運ばれてきました。広げたインジェラの上に、美しく盛り付けられたのは、ほうれん草とポテトの「ゴメンワット」、レンズ豆のターメリック風味「ミスール」、ビーフのレッドペッパー「カイワット」です。また別のお皿には、インジェラをロール状に巻いたものと、エチオピアのスパイス風味のパン、ダボが乗っています。

みんなでテーブルを囲み、ワットを日本のお鍋のように取り合って食べるのが、エチオピアの食べ方です。最初は、別皿のインジェラから食べ始め、最後はお皿のように広げられたインジェラもちぎって、すべて食べます」

丸いインジェラをみんなで囲う様子が絵画にも描かれている

インジェラを広げ、手でワットを摘むようにつけて口に運ぶ

日本のウェブメディアなどには、インジェラの酸味が日本人の口に合わないというような記事を見かけることがありますが、実際のインジェラは絶品! 発酵によるほのかな酸味と少しスパイシーなシチューの味がとても良く合います。蒸されたことによる、ふんわりむっちりとした生地とシチューが絡み合い、どんどん食べ進めることができます。ソロモンさんの「酸味が癖になる」という言葉の意味がよくわかりました。

目に鮮やかで、とてもおいしく、栄養が豊富でヘルシーと、いいことばかりのインジェラ。多くの人にぜひ食べてほしい、アフリカ エチオピアの発酵食品に出会うことができました。

クイーンシーバ

住所:
東京都目黒区東山1-3-1 ネオアージュ中目黒B1F
TEL:
03-3794-1801
営業時間:
17:00〜23:00
URL:
http://queensheba.info/

※新型コロナウイルス感染拡大の影響により、営業日時が変更になることがあります。店舗にご確認ください。