世界を旅する料理人

タイ料理研究家・長澤恵さんから教わる、
タイ郷土料理と発酵調味料

2020/12/10

タイ料理といえば、トムヤムクンやグリーンカレーに代表されるように、「辛い料理」というイメージが先行しがちですが、甘味や酸味の豊かさも魅力のひとつ。そして、その旨味の素として欠かせないのが、日本でもよく知られる、ナンプラーをはじめとする多くの発酵調味料です。

東京・錦糸町でタイ料理教室「Tit Cai Thaifood」を主宰し、テレビや雑誌などメディアでも活躍するタイ料理研究家・長澤恵さんに、タイ料理と発酵調味料の関係について教えていただきました。

4地方で特徴が異なる
タイ料理の奥深さに魅せられて

タイ料理研究家として活躍する長澤恵さんが、タイ料理に魅せられたきっかけは、その味わいの奥深さにあるといいます。

「タイ料理には、日本で知られていない地方の郷土料理がたくさんあり、甘い、しょっぱい、酸っぱい、そこに辛味、旨味、香りが見事に調和して、1つの料理を作り出すところが魅力です。そして、昔からタイは米と魚の国といわれているとおり、料理には主食の米と、魚介類から作られる発酵調味料がふんだんに使われています」

タイ料理研究家の長澤恵さん。

南北に長いタイには、大きく分けて北部、東北部、中部、南部という4つの地方ごとに、気候や風土、収穫される食材が関係する、特色ある地方料理と発酵調味料があるのだそうです。

「北部料理は、近隣のミャンマー・シャン州や中国・雲南省の影響が色濃く、マイルドな味わいが特徴です。国境を接するラオスのラオス料理にとてもよく似ているのが、東北部。イサーン料理とも呼ばれ、辛味と酸っぱさ、濃いめの味つけで、カオニヤオ(もち米)といっしょに食すことが一般的ですね。中部料理は、洗練された宮廷料理や中国・潮州(ちょうしゅう)料理からの影響を受けています。
南部料理は、豊富な海の幸とマレーシアと隣接することから、マレー料理との共通性が特徴です。そして、これら4地方の食文化に欠かせないのが、その土地に根づいた発酵調味料の存在です」

では、この4地方の発酵調味料の違いについて、長澤さんに解説していただきましょう。

北部と東北部に欠かせない
発酵調味料「プラーラー」

「北部と東北部の料理になくてはならないのがプラーラーです。さまざまな淡水魚で作られますが、特にプラーカディーという小柄な淡水魚を塩と米粉で漬け込んで発酵させた調味料で、米粉の代わりに糠が使われることもあり、日本のへしこのような感じですね。現地でも、作り手ごとにかなり味わいが違うため、料理をする人によって好みが分かれるんですよ」

小魚の形が残るプラーラー。イサーン料理になくてはならない発酵調味料。

プラーラーはソムタム(臼と杵を使って作る和え物)にも欠かせません。北部ではプラーラー以外に、田ガニをつぶした汁を発酵させてから煮詰めたナンプーという調味料も使われます。
さらに、原料は魚介類ではありませんが、トゥアナオと呼ばれる納豆の一種を調味料として使うのも、北部料理の特徴です。

納豆をペースト状にしてから薄い円盤状に乾燥させた北部のトゥアナオ。

中部地方の定番は、
味噌と醤油のような万能調味料
「ガピ」と「ナンプラー」

首都・バンコクを擁する中部地方で代表的な魚介類の発酵調味料は、エビを発酵させたペースト状のガピと、魚醤のナンプラーです。これらは、日本でいうところの味噌と醤油のような物で、ありとあらゆる料理の味つけに使われる万能調味料です。北部と東北部の発酵調味料が、内陸でとれる淡水魚を原料としているのに対し、ガピやナンプラーは主に海の小魚やオキアミで作られます。

ガピは、洗ったオキアミをにおいが出るまで2日ほど置いてから、塩と混ぜてペースト状にし、1年以上発酵・熟成させるというもの。やはり、作り手によって味わいが大きく異なるそうです。

現地でのガピづくり。オキアミに塩を混ぜ、臼と杵でつく。

「海に面しているトラート県ではエビやオキアミがたくさんとれ、ガピの産地としても有名です。そのトラートにあるマイルート村に行ったとき、現地の生産者に習って、いっしょに作りました」

くさみもなく、エビの香りと旨味が口中に広がる。お酒のおつまみにもなりそうなおいしさに驚き!

日本でも人気のあるグリーンカレーなど、カレーやスープの味つけに多用されるガピ。
ディップソースのナムプリックガピは、揚げた茄子をつけていただくと最高に美味なのだそうです。

「本当においしいナンプラーは、加熱する料理に使ったらもったいないですね」と長澤さん。

海に挟まれ海産物豊かな南部料理には
「ナームブドゥー」や「タイプラー」が必須

4地方の中で一番辛いといわれるのが、南部料理。特徴的な発酵調味料は、ナームブドゥーです。ナンプラーと似ていますが、もっと濃くにごっており、味わいも異なります。これは、ナンプラーより塩分量が少なく、熟成期間が短いからだとか。

ナームブドゥーは、日本のタイ料理ファンたちのあいだでも流行中のカオヤム(ライスサラダ)などのタレに使われます。長澤さんは、南部パッタニー県で食べたカオヤムのおいしさが忘れられないそうです。

「タイ湾とアンダマン海に挟まれる南部は、とにかく魚介類が豊富です。エビではなく魚で作られたガピや、タイプラーという魚の内臓の塩辛など、南部にしかない発酵調味料もあります。タイプラーを使ったゲーン・タイプラーというカレーなどは、南部の有名な郷土料理ですね」

なれずしや肉の発酵料理など、
豊かなタイ料理の世界

タイには、発酵調味料だけでなく、おいしい発酵食品もあります。

長澤さんがみずから仕込んだタイのなれずし、プラーソム。

プラーソムとは、魚に塩、ニンニク、炊いたご飯をまぶして発酵させたイサーン地方のなれずし。琵琶湖の名物、鮒ずしの兄弟のような発酵食品です。
今回は金目鯛を使ったプラーソムをこんがりと揚げてから、赤タマネギ、パクチーとともにお皿に盛りつけ、野菜の漬け物のソムパックや、もち米などといっしょにサーブしていただきます。

タイには、発酵ソーセージのネームといった、肉の発酵食品もあります。長澤さんは、タイ料理の知見を広げるために、現地レストランの厨房に入って研修することも多いそうですが、バンコクの人気店では、肉の発酵技術に感心したとか。

「お肉を発酵させるとき、温度と発酵時間をいろいろ変えながら、旨味や酸味などがちょうど良くなるよう、巧みにコントロールするんです。さらに、伝統的なタイの発酵文化だけでなく、アメリカのドライエイジング技術も取り入れていて、とても興味深かったですね」

最近は、タイ料理とも共通する要素を多く持つラオス料理や雲南料理など、近隣地域の食文化のリサーチにも熱心な長澤さんですが、料理教室やメディアを通じて日本の人々にタイ料理のおいしさを知ってもらいたいという基本姿勢はまったく変わりません。

「タイ料理と日本料理は、似ている部分も多いと感じます。ともに米と魚の食文化ですし、発酵食品も豊か。甘味、塩味、酸味、辛味、旨味、香りを足し算してバランスをとるタイ料理と、引き算で洗練させる日本料理という大きな違いはありますが、基本は似ています。タイ料理は辛いだけではなく、元々日本人の味覚に訴える要素がたくさんあるということを、これからも伝えていきたいですね」

長澤恵(ながさわめぐみ)さん

長澤恵(ながさわめぐみ)さん

千葉県出身。旅行をきっかけにタイ料理に魅せられ、タイ料理研究家に転身する。日本国内のタイレストランで基礎を学び、タイ現地の料理学校や食堂など、各地でタイ料理とタイ語を実践で習得。タイ料理教室「Tit Cai Thaifood(ティッチャイタイフード)」主宰。企業の商品開発などにも携わる。