世界を旅する料理人

マレーシア食文化ライター・古川音さんを魅了した
多民族の料理と発酵

2021/07/01

マレーシア食文化ライター・古川音さんを魅了した多民族の料理と発酵
マレーシア食文化ライター・古川音さんを魅了した多民族の料理と発酵

多くの民族が暮らしているマレーシア。その料理は、各民族の食文化が反映され、多彩さに満ちあふれています。
そんなマレーシア料理に魅せられ、料理教室の開催やフリーペーパーの発行などを通して、日本でマレーシア料理を紹介する活動を続けている古川音(ふるかわおと)さんに、マレーシア料理と発酵食品について伺いました。

民族の多様性を尊重し合う
マレーシアの文化に魅せられて

元々、編集プロダクションに勤務し、取材・執筆の仕事をしていた古川さんに人生の転機が訪れたのは、旦那さんのマレーシア転勤でした。2005年に夫婦で首都・クアラルンプールに引っ越した古川さんは、取材・執筆の仕事を続けたいと考え、現地の日本人向けフリーペーパーを発行する会社で働き始めたのです。

「それまで、マレーシアに特別の関心はありませんでした。でも、現地で生活し、マレーシアの人たちと働くようになって、マレーシア社会の独特な成り立ちに強い愛着を感じるようになったんです」

「マレーシアごはんの会」を主宰する古川音さん。

マレー系、中国系、インド系の代表的3民族に加えて、中国移民とマレー系など地元の女性との混血であるプラナカン、ヨーロッパ系移民の子孫、さらには多くの先住民族たち…。こうした宗教も文化も異なる人々が作り上げる風通しの良い雰囲気が大好きになったのだと古川さんは言います。

「最初は、日本とはまったく異なる感覚に驚きました。例えば、同僚に中国系が多く、ランチのときの会話が中国語で、全然理解できない場面がけっこうあるんです。日本人なら、全員が理解できるよう、無理してでも英語で話そうとするかもしれません。でも、そういう気遣いをしすぎると、かえって場が堅い雰囲気になりますよね。変に気を使われないことも、心地良いときがあります。そういう自然体で、場をとりなしていくマレーシアのやり方がとても私の肌に合いました」

同僚たちと親しくなるにつれ、実は彼らのあいだでも広東語や福建語など母語の違いがあって、言語も文化的背景も同じではなく、多様な事情があることを知っていったという古川さん。
また、マーケットでは、豚肉が食べられないイスラム教のマレー系と、それ以外の人たちが同じ場所にいても、お互いうまくやれるよう宗教の違いを配慮して、食材が売られる場所の配置などが、さりげなく工夫されているのだそうです。

マレーシアの国民食といわれるナシレマッ。手前の小さなグラスに入った赤い物はサンバルソース。

「日本では、みんな同じであることが良しとされる傾向が強いものですが、マレーシアでは違うことが普通。いろいろあることを、互いに尊重し合うのが基本です。そういうマレーシアらしさが、一番よく表れているのが食文化だと思います。特に、国民食でもある『ナシレマッ』は、そのシンボルですね」

ナシレマッとは、ココナッツミルクで炊いたご飯に、サンバルソース(唐辛子ペースト)、イカンビリス(煮干しのような小魚)、きゅうり、ピーナッツ、卵などを添えて食べる料理です。

マレー系、中国系、インド系と、それぞれ民族によって食文化が異なり、別々の料理が存在するマレーシアですが、このナシレマッは3民族が共通して食すのだそう。ご飯とおかずを混ぜ合わせて食べるのも、まるでさまざまな民族がミックスしているマレーシアの文化を象徴しているようだと古川さんは表現します。

手作りのイベントを主催して
感じた
マレーシアファンの存在

2009年に日本に帰国した古川さんは、多様なマレーシアの食文化を日本に伝えたいと、現地在住経験のある同志たちと「マレーシアごはんの会」を結成しました。2016年からは、食をはじめとするマレーシアの文化を日本のファンに発信するイベント、「マレーシアごはん祭り」を4年続けて開催したそうです。

「すべて自分たちで運営を行い、スタッフも全員ボランティア。赤字さえ出なければOKと考えて始めたイベントでしたが、初年度は予想をはるかに上回る大勢のお客さんに来場いただきました。10時に開場したら、11時には5つあったマレーシア料理のブースの商品が、すべて売り切れてしまったほど。大急ぎで近くのお店で料理を作って会場までピストン輸送するなど、バタバタのスタートでしたが、日本にもこんなにたくさんマレーシアが好きな人たちがいることがわかり、大きな手応えを感じましたね」

「マレーシアごはん祭り」は、日本在住のマレーシア人シェフたちの協力なしには実現できなかったと古川さん。
こちらのお店「マレー・アジアン・クイジーン」の店主、チャーさんもそのひとり。

日本国内のマレーシア料理店で腕を振るうシェフを講師に招いたマレーシア料理教室も好評で、多くの生徒たちを集めました。

「残念ながら、コロナ禍以降は対面での料理教室が開きづらくなってしまいましたが、現在はオンライン形式で続けています。
例えば、マレーシア・ペナン在住の料理の先生とつなぎ、ご自宅やキッチンを拝見しながら料理を教えてもらうなど、海外と気軽にやりとりできるおもしろさも発見できましたね」

年4回発行のフリーペーパー「WAU」と、古川さんの著書「マレーシア 地元で愛される名物食堂」。

古川さんを筆頭に、マレーシアを愛するライターやデザイナーたちで制作されているフリーペーパー「WAU」は、「ディープに伝えるマレーシア文化通信」がテーマ。2014年の創刊より、年4冊発刊されており、20216月発行の第28号には「マレーシアの発酵食品」の特集ページも掲載しています。

「実は今、発酵にハマっています。周りのアジアの国々とも共通していますが、マレーシアの発酵食品の特徴は、魚や小海老など魚介類の発酵調味料が多いことで、それを使って作る料理の中心にはご飯があります。ご飯が中心の食文化は日本も同じなので、その延長で日本の発酵食品にも興味がわいています」

ドリアンの発酵食品
「トンポヤ」の自作に挑戦!

マレーシアの代表的な発酵食品は、ナシレマッについてくるサンバルソースの材料になることもある、小海老の発酵調味料「ブラチャン」。サンバルソース以外にも、さまざまなマレーシア料理に使われます。

ペナン州でブラチャンを天日乾燥しているところ。

「最もありふれたマレーシア料理に、『カンコンブラチャン』があります。空心菜のブラチャン炒めで、日本でいえば、ほうれん草のおひたしみたいな物かもしれません」

空心菜のブラチャン炒め「カンコンブラチャン」。

魚を塩漬けにして発酵させた後、天日干しにした「イカンマシン」は、中国料理で使われる「ハムユイ」と同じ物。発酵が強くやわらかい物と、発酵が浅く硬めの物の2種類があり、使い分けられているそうです。

「中国系の人たちは、やわらかいタイプを使うことが多いようです。硬めのタイプは、ナシゴレンや野菜炒めの調味料として使うことが多いですね」

市場で吊るされて売られる「イカンマシン」。

ほかにも、マレー半島北部の「ブドゥ」(にごってとろっとした魚醤)や、ムラカ州の「チンチャロ」(小海老やオキアミを塩とご飯で乳酸発酵させた物)、ケダ州やペラ州の「プカサン・イカン」(塩と煎った米をまぶした魚を発酵させた物)など、魚介の発酵調味料は、マレーシア国内でも地方によって特色があります。

一方、マレーシア以外ではあまり見られない発酵食品に、「トンポヤ」があります。これは、人によって好みが分かれる果物の王様・ドリアンに、塩を加えて発酵させた物で、古川さんは自宅で自作を試みたそうです。

「ドリアンには等級があって、トンポヤは安価なドリアンで作るのが一般的ですが、せっかく自作するので、あえて高級ブランドの『猫山王』(ムーサンキン)で作ってみました。発酵すると、かえってドリアン特有の臭気は少なくなってマイルドになります。発酵で酸味がのってマンゴーのような風味も感じられ、シュワッとした舌触りもあって、そのまま食べてもおいしかったです」

古川さんが「猫山王」から自作した発酵ドリアン「トンポヤ」。

トンポヤは魚の煮込み料理に使ったり、サンバルソースやブドゥに混ぜて調味料にしたりすることもあるそうです。盛んに作られているのは、ドリアンの産地であるパハン州やボルネオ島で、食べきれなかった過熟ドリアンを保存したのが始まりのようですが、首都のクアラルンプールでも最近は、トンポヤを使った魚料理の店が流行っているのだとか。

「今後も、自分にしかできない切り口で、マレーシアの食文化を紹介していきたい」と語る古川さん。最近は、多文化が交わるマレーシアをもっと深く理解するために、文化人類学にも目を向けているそうで、これからもその情報発信に目が離せません。

古川音(ふるかわおと)さん

古川音(ふるかわおと)さん

古川音(ふるかわおと)さん

マレーシアに4年滞在したのち「マレーシアごはんの会」を結成し、日本でマレーシア料理を紹介する活動を展開。イベントや料理教室を主催するほか、フリーペーパーの発行や、マレーシア料理に関する執筆活動も行う。著書に「ナシレマッ!」(Malaysia Gohan Kai)、「マレーシア人に習った50のレシピ」(Malaysia Gohan Kai)、「マレーシア 地元で愛される名物食堂」(学研プラス)がある。

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