ヘルシーフード探訪

都会のど真ん中で出合える、
古き良き日本の伝統。
旬を味わいのんびり過ごす、
「旬おばんざいと発酵酒肴 ただ今」

2022/11/24

渋谷駅からひと駅。京王井の頭線の神泉駅から徒歩2分という都会の真中に、「旬おばんざいと発酵酒肴 ただ今」があります。まるで高級料亭のようなシックな佇まいですが、白い暖簾をくぐり、一歩足を踏み入れると、時間、場所、すべてがタイムスリップしたかのような、あたたかな空間が広がっていました。

海外で暮らして見えた、
日本の食と文化の豊かさ。

素材にこだわり、伝統的に受け継がれてきた日本の旬を五感で味わってほしいと、20214月にオープンした「旬おばんざいと発酵酒肴 ただ今」。店主の日暮聡美(ひぐらしさとみ)さんは、海外生活を経て、日本の魅力を再発見したことから、いつか自分のお店を開きたいと抱くようになりました。その夢舞台となったのが、渋谷の地。きっかけを作ってくれたのは、「ただ今」の空間の主役ともいえる、日本庭園を手がけた、長澤造園さんとの出会いでした。

都会の真ん中にあるとは思えない、静謐な空間。

「私はもともと飲食業で働いていたのですが、コロナ禍で仕事がなくなってしまい、造園業でアルバイトをしていたんです。そのとき、いつか自分のお店を出したいという夢を周りに話していたら、長らく空き家だったこの場所を勧められて。最初見たとき、都会の真ん中にこんな場所があるんだ!って、本当にびっくりしました。日本の良さを発信できるお店を目指していたので、立派な日本庭園のあるこのお屋敷はまさに理想的。枯山水をつくったり、縁側を作って庭を眺められる大きな窓をしつらえたりして、自分たちの手でお店を完成させていきました」

海外暮らしをするなかで、日本の魅力を再発見したという日暮さん。帰国後は、全国各地を旅しながら、日本の伝統について学んでいったそうです。

「海外に出るまで日本の良さをあまり知らなかったので、帰国後は全国のお寺や神社に出かけ、日本の伝統的な文化を学びました。すると、やっぱりどんなに時代が変わろうとも昔のモノっていいなって思うようになって。そして、どんどん時代が進み、早く、早く、早く!ってみんなが生き急ぐなかで、少しでもゆっくりと過ごせるほっとできる空間が作りたいなと思うようになりました。慌ただしいこの時代に、先のことに追われるのではなく、とにかく“今”に集中して過ごしてほしい。“今”をもっと大切にしてほしい。そんな気持ちを込めて『ただ今』っていう店名をつけたんです」

お話を聞きながら、畳に座って窓越しに庭を眺めていると、梅の木にメジロがとまりました。まさに「都会のオアシス」という言葉がぴったりの、のんびりとした時間が流れます。

日本中を巡る旅で、日暮さんは各地の食文化にあらためて感動をしたそうです。

「どこへ行っても、やっぱり日本食っておいしいなって改めて思いましたね。土地ごとに昔ながらの食文化も残されていて。旬のものを一番おいしくいただくための、さりげない細やかな技にも感動しました。特に高知で食べた、藁焼きで仕上げた鰹のたたきのおいしさは忘れられません!」

決め手は出汁と伝統的な調味料。
素材を生かし、味わう一皿。

「メニューは、自分が食べたいものなんです」

と、語る日暮さん。「ただ今」で提供されるお料理は、化学調味料は一切使わず、出汁と調味料で旬の素材を引き出す味わい。小豆島の醤油、山形の味噌、石垣島の天日海塩、京都の酢、羅臼の昆布、福島の調理酒……。日暮さんが日本各地で出会った、これぞという自分が気に入った調味料や食材たちがずらりと名を連ねます。

「旅をしながらおいしいものを食べ続けていたら、だんだんと舌も肥えてきて。ちょっとずつちょっとした味の違いを感じるようになったんです。私が感じる「おいしい」は、食材そのものの味わいを生かした、昔ながらの日本食の優しい味わいでした。なので、お店のメニューを考えるときも、調味料でごまかすのではなく、調味料で素材の良さを引き出すレシピを考えています」

名物の、注文してから炊き始める釜飯。
秋は「松茸」が登場。蓋を開けたとたんに、香ばしい香りが部屋いっぱい広がります。
濃厚でまろやかな味噌の風味が楽しめる、しじみのお味噌汁も人気。

「白イカと九条ネギのヌタ」は、京都の白味噌で仕上げた一品。
上品な甘さの味噌が、淡白なイカの味わいを引き立てています。

かりっとジューシーな「秋刀魚とまいたけの春巻き」。春には「鯵としょうが」など、季節ごとに中身が変わるそう。

一番人気という「海老しんじょうの蓮根挟み揚げ」。
ぷりぷりとした海老の甘さと厚めにカットされた蓮根の食感があとを引く。
美味しさの秘密は「手間暇をたっぷりとかけているから」と日暮さん。

「ただいま」と、
暖簾をくぐってくる人を増やしたい。

オープンして約1年半。女性の一人客はもちろん、仕事帰りのビジネスマンの常連さんたちは「ただいま〜」と、暖簾をくぐってお店にやってくるそうです。

「店内はお座敷と調理場の間の壁に穴を開け、お互いの気配がわかるようにしました。私がお客さんだったら、どんなふうに調理しているのかも気になりますし、作っている側としてもお客さんの反応が気になります。だからたまに、どんな様子で食べてもらえるのかなって、スタッフといっしょに覗いたりしているんです(笑)。お客さまが一口目に『おいしい!』って言いながら驚いた表情を見せてくれると本当に嬉しいですね。今この瞬間に集中してくれているのが分かって。目の前の食事と向き合ってくれる、その一瞬を共有できることが、貴重で大切な時間です」

お客さまに少しでもくつろいでもらえるようにと用意している線香花火も「ただ今」流のおもてなし。縁側でお酒を飲みながら線香花火に火をともす。日本の風情を味わえるほんの少しの心配りがお店の隅々にちりばめられています。

童心に帰って懐かしい時間を過ごすことができる「線香花火」は1回30円。

「たくさんのご縁があって、この場所でお店を出すことができました。今後は、渡航制限もなくなりたくさんの海外の方や、渋谷にいる若い方にも気軽に来てもらえたら嬉しいですね。外から見ると、ちょっと敷居が高そうと言われることもあるのですが、全然そんなことはないので気軽にわいわいと過ごしてもらえたら嬉しいです」

心を込めてつくられたこだわりの料理と店内に流れる穏やかな時間。ただいまと帰りたくなる「ただ今」は、日暮さんのこだわりと温かさが詰まったやさしいお店でした。

ライトアップされた庭。庭に面したもうひとつの部屋も拡大して「大正ロマン」の個室を作るのが次の目標。

旬おばんざいと発酵酒肴 ただ今

住所:
東京都渋谷区神泉町15-6
TEL:
03-3461-6336
営業時間:
17:00〜23:00
定休日:
日曜日