発酵に恋して。

日本酒から発酵食へ。
真野遥さんのローカル発酵への想い。

2023/01/12

日本酒と発酵が大好きな料理家・真野遥(まのはるか)さんは、現在、東京と京都を拠点に、レシピ開発や執筆活動、料理教室などを通じて幅広く活動中。京都に暮らし、発酵の世界がより広がっているという真野さんに発酵への想いを伺いました。

興味が日本酒からより発酵へ。

「もともとはフードコーディネーターを目指していたのですが、日本酒と出合い、食の見た目だけではなく、ものづくりを真摯にされている作り手の方々との交流のなかで、もっと食の本質を大事にしたいなと思うようになりました。全国各地の酒蔵をまわり、日本酒に合う料理教室やケータリング、イベントなどを行うなかで、日本酒と発酵食は相性がいいと気づき、日本酒だけでなく、味噌や醤油など、発酵食についてもっと学びたいと思うようになりました。そして発酵食をメインにこれまで長く続いてきた日本の食文化を継いでいきたいと強く思うようになったんです」

「発酵食品は日本酒に合う」というふんわりとしたイメージを持ちつつも、なぜ相性がいいのかをもっと本気で追及してみようと思った真野さん。日本酒の藏はこれまでに60か所くらいまわったが、発酵についてもできるだけ現場に足を運びたいと、秋田や滋賀、愛知など全国各地をまわったそう。なかでも印象的だったのは小豆島のヤマロク醤油での出来事。

「醤油はワインのペアリングと同じようにとらえるとわかりやすいと聞きました。熟成がしっかりされている色の濃いたまり醤油はフルボディの赤ワインのようにお肉料理に合わせて、淡い薄口醤油や熟成が短い醤油は魚料理に合わせるなど、使い分けは日本酒のペアリングのヒントになりました。ヤマロク醤油ではこの桶は上品に仕上がる、この桶は荒々しく仕上がるなど、桶に個性があるらしく、それぞれを毎回ブレンドして味を一定に整えているそうです。奥にある桶は機嫌が悪くて、人に見られる桶のほうがおいしくなりやすいこともあるそうで、それもすごく面白かったです。それならば、樽ごとに商品化すると面白いのではと聞いたところ、日本酒のような嗜好品とは違い、醤油は調味料だから味が変わると家庭料理に影響するので変えちゃいけないと聞き、なるほどと思いました。醤油と日本酒の発酵食としての共通点はいろいろあるのですが、嗜好品と調味料は求められるものが違うんだなと実感しました」

発酵についての学びは日本だけにとどまらず、興味は海外にも。このご時世でなかなか海外に足を運べていないが、いまはラオスに興味津々なんだそう。

「仲良くしている知り合いに琵琶湖の魚を使って料理をするラオス料理人がいて、その影響でいま淡水魚文化について学んでいます。今回ペアリングでご紹介するパテーク(淡水魚発酵調味料)も彼と一緒に仕込んだものです。琵琶湖の魚って年々消費量が減り、漁師も減っているんです。食べる人が少ないからとる人も少なくなり、さらに儲からないという悪循環に陥っていて。私は琵琶湖のお魚が好きなのでもっと食べる人が増えるといいな、漁師さんが潤うといいなと思っています。そこで未利用魚(規格外の魚)のような料理に使えない、市場にまわせないような魚はパデーク(魚醤)にしてしまおうと。発酵させることで分解されドロドロになるので、魚の大小関係なくおいしい魚醤にできるんです。つまり発酵の力がフードロスに貢献できるんですね。発酵の力に可能性を感じました。ラオスと日本って共通点がなさそうですが、淡水魚がとれるという点ではすごく似ていて。海外の発酵食文化を日本特有の発酵食に取り入れてみるとまたさらに新しい可能性が生まれて見直されるのではと思います」

2022年作のパデーク(左)と2021年作のパデーク(右)。発酵の違いがわかる。

鮒ずしも真野さんの手作り。

京都に住み、発酵で広がる世界。

また京都に来て出会った発酵の面白い人の横のつながりで、どんどん世界が広がっているという真野さん。
「滋賀のハッピー太郎醸造所のハッピーさんは『醗酵でつなぐ、しあわせ。』をテーマに活動されていて。ラオス料理人もハッピーさんが紹介してくれました。発酵をテーマにローカルで活動されているいろんな面白い人に出会って、いまどんどん世界が広がっています。これまでは発酵と物事を結び付けていろんな意味を持たせて難しく考えていた時期もあったのですが、最近はよりシンプルになってきています。全国の発酵食も知りたいのですが、京都に住んでからは、もう少し京都に根を張り、京都周辺の食文化の一員になりたいなとより強く感じています。いろんなものに興味を持ってあれこれ手を出してしまうタイプなのですが、もっとコツコツ積み重ねてやっていきたいと思っているところです」

発酵白菜も手作り。
「白菜が食べきれないときは3%の塩分でしっかり重しをすると1ヶ月ほどで酸っぱい漬物になり、
鍋料理なんかに最高なんですよ!」と真野さん。

季節ごとに仕込んだ発酵&保存食。
魚醤、梅干し、かりんシロップ、すじえび醤、畑で育てたそら豆の豆板醤、ワカサギのパデーク、
塩糀、鹿肉醤、玄米塩糀、米豆味噌など。

暮らしに余白を醸す 
発酵室よはく

もっと自分にできること、ローカルで地域に根ざしたいという思いもあり、2022年3月から「発酵室よはく」を屋号にし、季節の仕込みものを毎回みんなでつくる手仕事会も始めました。味噌、しば漬け、キムチなど季節の仕込みものをし、その後日本酒のペアリング料理をつくる教室を東京で開催しています。京都では料理教室ではなく「ランチ付きの手仕事会」といったスタイルで、少人数で楽しく仕込みものをしています。

「『発酵を通じて暮らしに余白をつくる』をテーマに活動しています。効率やスピードが優先され、あらゆる物事に意味や正解が求められる現代社会に私自身が息苦しさを感じており、その価値観から一歩離れた「余白」を、発酵を通じて醸していきたいと考えています。“時短という価値観の対極にある味噌づくりやキムチづくりなど、あえて手間のかかることをやろうと。発酵って失敗しちゃうことがあるんです。同じものをつくってもできあがりが違って正解がない。わからないことを楽しみつつ、手を動かして感覚を研ぎ澄ます時間が、心と身体の余白になるといいといいなあと思っています」

東京で仕事をして京都でのんびりしようと思い二拠点生活をはじめた真野さんですが、京都でもいろいろとやりたいことが増えてきているそう。2023年は京都で角打ちのできる酒屋を計画中なのだとか。真野さんがこれまでにやってきたことと、これからやっていきたいことが詰まった場所にきっとなるはず。ホームページで随時活動報告をされているのでぜひチェックしてみてください。最後に真野さんにとっておきの発酵食×日本酒のペアリングを教えてもらいました。

パデーク味玉(パデタマ)×生酛太郎 玉栄純米火入(安井酒造)

ハス、ゴリ、いさざ、もろこ、ふななどのパテーク(淡水魚発酵調味料)を魚ごと鍋に入れて水を足し、軽く煮だして濾したものをさらに水で薄め、にんにく、しょうが、とうがらしを加えただし汁をつくります。保存用密封袋に作っただし汁を入れ、半熟のゆで卵を漬けて一晩寝かせれば完成。これに合わせるのは生酛太郎 玉栄純米火入(安井酒造)。「日本酒に含まれるグルタミン酸と、パデークに含まれるグルタミン酸とイノシン酸の相乗効果が、うまみをより引き立てます。」

おぼろ豆腐のスンドゥブ仕立て×もろみあらごし純米どぶ(北島酒造)

豚肉、あさり、キムチ、コチュジャン、お酒、ごま油、いしるなどに昆布出汁と煮干しの出汁を入れて煮ます。豆腐は手づくりで豆乳ににがりを入れてレンチンし、最後に追加。
「キムチが辛いので日本酒はにごりを合わせるとまろやかになります。豆腐の白と濁り酒の白を合わせる『見た目合わせ』と、豆腐の滑らかさとにごりのクリーミーさを合わせる「テクスチャー合わせ」をしています。キムチは味が濃いのでお酒も特徴的なものを選んでいます」

ビワマスのフリット 鮒寿司タルタル ×七本槍 純米活性にごり酒(冨田酒造)

タルタルは、鮒ずしの飯(いい)、水切りヨーグルト、たまご、柴漬け、タマネギでノンオイルに仕上げました。「飯(いい)がいいんです」と真野さん。発酵感が複雑でおいしい味わい。ビワマスは塩糀と柚子胡椒とお酒で下味をつけ米粉をまぶしてフリットにしていく。あわせた日本酒は「七本槍 純米活性にごり酒(冨田酒造)」。
「揚げ物と発砲性のお酒は脂がさっぱりするので相性がいいです。米粉のカリっとした触感とシュワっとした口当たりがあわさるイメージです」

どれも違った組み合わせの妙があり、発酵の面白さや奥深さを感じられるペアリングです。

料理家・発酵室 よはく主宰

真野 遥(まのはるか)さん

料理家・発酵室 よはく主宰

真野 遥(まのはるか)さん

日本酒に合う料理の提案を中心に、レシピ開発や執筆など幅広く活動。2022年より「発酵室 よはく」を立ち上げ、発酵を通じて暮らしに余白を作る活動をスタート。よはく採集をライフワークとしている。著書に『手軽においしく発酵食のレシピ』(成美堂出版)など。
https://www.harukamano-jozo.com/