発酵を訪ねる

【前編】 江戸時代より続く、旅人たちの拠りどころ。
二子山のふもとに佇む「箱根甘酒茶屋」。

2023/08/04

【前編】 江戸時代より続く、旅人たちの拠りどころ。二子山のふもとに佇む「箱根甘酒茶屋」。
【前編】 江戸時代より続く、旅人たちの拠りどころ。二子山のふもとに佇む「箱根甘酒茶屋」。

江戸時代に徳川家康により整備され、日本橋と京都三条大橋を結ぶ主要な街道と知られる東海道。その距離、およそ500km。なかでも、東海道一の難所といわれたのが箱根越え。足元がおぼつかなくなるほどの険しい山道を歩き続けた大名行列や旅人たちが目指したのは、疲れを癒す甘酒小屋でした。そして時代を超えた現在もなお、旅人のために門戸を開いている唯一の茶屋があります。400年もの間、人々の喉と心を潤してきた「箱根甘酒茶屋」の13代当主、山本聡さんにお話を伺いました。

“天下の嶮(けん)”を
見守り続けて400年。

神奈川県屈指の温泉地、箱根。箱根湯本駅からバスに乗り、旧国道1号(現県道732号)の急な坂道をひたすら上ってようやく辿りつく「箱根甘酒茶屋」。歴史は古く、江戸時代までさかのぼります。

東海道のなかでも、「天下の劍(けん)」と歌に残されるほどの難所「箱根八里」。ちなみに八里とは、標高約10mの小田原宿から標高846mまで箱根峠を登り、標高約25mの三島宿まで下る8里(約32km)のことだそう。この地域は、宿場間の距離が長いうえに険しい山越えを強いられるため、休憩所としての茶屋が何軒もあったそうです。そこで振る舞われていたのが「甘酒」。近年では“飲む点滴”ともいわれ注目されている発酵食品のひとつですが、400年以上前より親しまれてきた、日本伝統のエナジードリンクでもあるのです。各地の観光地でよくみかける「甘酒」も、足で旅をしていた時代に、疲れを癒すための飲み物として親しまれてきた名残なのかもしれません。

それにしても、箱根の急坂をバスに揺られていると昔の人々は舗装もされていなかったこの急勾配を、足で歩いて登ったのだと想像するだけで驚かされます。

ありがたいことに「甘酒茶屋」はバスの停留所にもなっているため、現代の旅行客はアクセスがしやすい。

「甘酒茶屋」の歴史に触れることができる史跡案内板。かつてはこの地域に、4軒の茶屋があり、
疲労回復のための甘酒が振る舞われていたという。

バスを降りると目の前の森に抱かれるようにどっしりと構える「箱根甘酒茶屋」。茅葺の大きな屋根が歴史を感じさせる佇まいですが、意外にも14年前(取材時点)に建てられたものだそう。

「古い時代のものと思われることも多いのですが、火事や震災などでこれまでに何度も建て替えられてきました。2009年に、老朽化した建物を取り壊して一度更地にして建て直しました。そのときに、常連のお客さまからは、変わらないでいてほしいというお声をたくさんいただきました。実は、新しくするなら、コンビニでも併設したほうがみなさんにとっても便利かな?ということも、少しだけ頭をよぎっていたのですが、お客さまのご意見をいただいて、その通りだなと思い直しました。そして目指したのは、できるだけ昔の佇まいを残すこと。建具や梁(はり)は再利用し、茅葺屋根の職人さんには山梨県から来ていただきました。日本家屋独特の暗さ、冬の寒さ、手入れの大変さなど本当に不便なことばかりですが、それが良さでもあると思うんです」

「マンションに暮らす小学生が、初めて本物の火を見たと喜んでくれたこともありました」という囲炉裏。
茅葺屋根を維持するためにも、火をつけて煙で燻すのが日課。

旅人がひとりでもいる限りは、門戸を開き続けたい。

蛇行する狭い山道のおかげか、歩いてもいないのに「ようやく到着した!」という到達感を味わえるほどですが、山本さんによると、現在でも歩いて来店する方もいるのだそうです。

「ほとんどがお車ですが、東海道を歩いて京都まで行くかたや、自転車で山越えをしている途中に立ち寄ってくださるお客さまも結構いるんですよ。先日も女性が一人で歩いて来られました。湯本の方から来るといくつもの急な坂があるのですが、猿も滑って登れないほどの難所と言われる猿滑(さるすべり)坂を登っていると、さらに追込坂が見えてきて、まだ登るの?もう体力を使い果たした!と限界を感じたときに、『甘酒』の旗が見えて本当に助かった、と言ってくださったんです。ほかにも、東海道の旅の途中に立ち寄ってくださったお客さまから、一番辛かった箱根の峠でいただいた甘酒が本当に美味しかったと、お手紙をいただくことも少なくありません。私たちの存在意義は、時代を超えても変わることなくここにあると思うんです」

疲れがピークとなったときに見える「甘酒」の文字が、どれほどの人々の心を癒したのだろうか。

目の前の道を通る、旅人の拠りどころとしての茶屋。その思いは、コロナ渦でも途切れることはありませんでした。

「年中無休にしているのは、旅に休みはないから。ようやく辿り着いたのに、閉まっていたということがないように、毎日7時にはお店を開けています。ですから、緊急事態宣言で飲食店の営業ができなくなった際にも、時間通りに扉は開けていました。もちろん、飲食の提供はできませんが、疲れた体を休めてもらったり、電話を貸したり、険しい旅路の途中で何かあったときのための拠りどころでありたいからです。実は、祖父母が店を切り盛りしていた時代は新国道が開通したために人出が遠のいた時期が長く続きました。祖父は外に働きに出て、祖母がひとりでお店を切り盛りしていたのですが、それでも店をたたまずに続けてきたのはきっと、たったひとりでも旅の人が訪ねて来るかもしれない、という思いだったのではないかと思うんです。いつかあの世で会えたら、どんな思いでお店を開いていたかを聞いてみたいなと思っているんです」

13代目当主の山本聡さん。

江戸時代から変わらぬメニューでおもてなし。

「箱根 甘酒茶屋」の名物はもちろん甘酒です。江戸時代から受け継がれてきた製法で、米と米麹でつくられています。ひとくち口に含むと、疲れを吹き飛ばしてくれるようなほんのりと塩気の効いた味わいが広がります。

江戸時代から変わらないメニュー。一番人気の甘酒は夏になると、冷やしも登場する。

昔と変わらぬ製法でつくられている、甘酒と力餅(うぐいす)。

「おいしいと皆さんおっしゃってくださるのですが、この場所で飲むからこその味だとも思っているんです。わざわざここに来て飲むからよりおいしい。つくり方はいたってシンプルです。柔らかく炊いたお米に麹を加えて木べらで混ぜて寝かせるだけ。秘伝なんてないですよ(笑)。砂糖は使わずに、お塩を加えることで甘味を引き立たせています。疲れたときには甘味が一番ですから。今ならチョコレートでもクッキーでもいろいろありますが、当時は砂糖が大変貴重だった時代。麹で発酵させることで甘味を引き出すという先人の知恵は、すごいですよね」

【後半に続く】

箱根 甘酒茶屋

箱根 甘酒茶屋

住所:
神奈川県足柄下郡箱根町畑宿 二子山 395-28
TEL:
0460-83-6418
営業日:
年中無休(7:00〜17:30 L.O.17:00)
URL:
https://www.amasake-chaya.jp/

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