発酵を訪ねる

伝統を守りながら、世界20カ国で愛される開拓者。
江戸から受け継がれる製法を次世代へ「まるや八丁味噌」

2025/06/05

伝統を守りながら、世界20カ国で愛される開拓者。江戸から受け継がれる製法を次世代へ「まるや八丁味噌」
伝統を守りながら、世界20カ国で愛される開拓者。江戸から受け継がれる製法を次世代へ「まるや八丁味噌」

愛知県の岡崎と聞くと、ピンとくる歴史ファンもいるかも知れません。徳川家康が生まれた岡崎城から西へ八丁(870m)の距離にある八丁村(現 八丁町)に、2軒の味噌蔵があります。そのひとつが、まるや八丁味噌です。1337年創業、江戸時代から受け継がれる伝統製法で味噌づくりを行っているまるや八丁味噌の代表 浅井信太郎さんにお話を聞きました。

木桶に円錐形に石を積み
二夏二冬かけて熟成させる八丁味噌

八丁味噌といえば、東海地方を代表する調味料として知られていますが、八丁と名のつく土地で、江戸時代から変わらぬ製法を守って八丁味噌をつくる味噌蔵は、2軒しかないことは意外と知られていないかもしれません。

東海地方でつくられる豆味噌と伝統製法の八丁味噌との違いは、大豆麹の大きさと水分量にあります。八丁味噌の大豆麹は豆味噌よりも大きく、水分量が少ないため石を円錐状に積み上げ圧をかけて仕込みます。

蔵に案内してもらい、眼の前に現れた木桶と積み上がる石の独特の佇まいに見とれていると、代表の浅井信太郎さんが八丁味噌の製造について説明してくれました。
「この木桶で6トンの味噌を仕込み、上に約3トンの石を積んでいます。石を積み上げるのは、中で原料を循環させるため。一般的な豆味噌の水分量であれば、平たく石を積むだけで充分ですが、水分量の少ない八丁味噌の場合、味噌重量の約五割の重石が必要になるため、このように積み上げているのです」

まるや八丁味噌 代表取締役の浅井信太郎さん

石を積み上げたら、このまま二夏二冬、2年以上熟成させます。思わず「石が転がり落ちることはないのですか?」と尋ねると、これまで一度も落ちたことはないとのこと。石を積み上げるには熟練の技が必要で、代々専用の職人が積み上げています。一人前の職人になるには、約10年もかかるそうです。

浅井さん自身も八丁味噌を仕込む職人として、
厚生労働省の「卓越した技能者(現代の名工)」に選ばれている。

「木桶の中の原料の配合は三層になっており、不均一に仕込んでおきます。そこにしっかりと重石をすることで木桶の中で自然に循環が促されます。きちんと均等に圧がかかるように積み上げれば、上部と下部で味が異なることはなく木桶の中で均一になっていきます。そして、2年かけて乳酸菌が活動することで塩角が取れ、まろやかでチーズのような風味と旨みをもった八丁味噌ができあがります」

できあがった味噌を木桶から出す際にも、機械を使うことはなく手で掘り起こすそうです。「スコップがいいんですよ。代々そうやってきましたから」と浅井さんは笑みを浮かべます。木桶で仕込んで、人の手で石を積み上げ、菌の力を借りて天然醸造で味噌をつくり、人力で掘り出す。そうやってまるやの味噌は、変わらぬ味を届けてきたのです。

江戸時代の仕込み帳。時期や原料の量など、その年々の記録が残っている。
記録は今も欠かさず付けられており「私のパートを預かり、記している感覚」だと浅井さん。
先人から今へ、そして次の世代へと仕込み帳はリレーのバトンのように受け継がれている。

 

「なくしてしまった後、
しまったと思っても遅いんです」

伝統的な製法は大量生産には向かないと浅井さんは言います。
「こういうつくり方を守っていると、たくさんはつくれないんです。しかし、私たちはそれでいい。たくさんつくることは、それができる会社にお任せして、この蔵にはこの蔵の役割があると思っています」

「努力しているのは、乳酸菌が働きやすい環境をつくること」と浅井さん。外から乳酸菌を添加したり、菌を培養したりはしません。今この蔵の中にいる菌が活躍できるよう、蔵の中や木桶などの道具を清掃する際も、洗剤を使わないようにしています。それでもとてもきれいな状態が保てているのは、「常に清潔を心掛け、微生物もそのようにいてくれているからだと思っているんです」と浅井さんは笑います。社内を清々しい気で満たしておくことは、つくり出すものにも影響するのではないかと浅井さんは考えています。
「ですから、従業員も解雇したりしないのが私の方針です。よけいな心配がなく、人が安心して働いている。そのことは菌にも伝わるし、できあがる商品にも影響する。それこそが、品質だと思っているのです」

きれいに洗い、乾かされている木桶。底には桶をつくった職人の名前が記されている。

大きな木桶は、まるやの味噌を仕込むために欠かすことができない道具です。
長年、補強しながら大切に使い続けていましたが、約20年前に新たな木桶をつくりたいと大阪 堺市の藤井製桶所に依頼したところ、断られてしまったそうです。八丁味噌づくりに必要な木桶は大きいだけでなく、3トンの石を積み上げるのに耐えられるものでなくてはならず、製作実績がないことに加え、2015年までには引退するという返答だったそうです。

「しかし、私はそこを何とかお願いしたいと頼みました。つくる職人がいなくなり、道具がなくなることは、私たちにとって深刻な問題になります。私は、毎年3つずつ桶を依頼することを約束し、以降継続してつくってもらっています」

やはり、職人というのは期待され、あなたが必要だと言われたらそれに応えたくなるものですね、と浅井さんは笑顔で語ります。今では、酒、醤油などの醸造業を営む人たちが、藤井製桶所に木桶を依頼。後継者も現れているそうです。浅井さんはそうした流れに少しでも影響を与えることができたなら、よかったと言います。

「文化も、芸術も学問も、さまざまな分野で私たちはたくさんのものを失ってきました。しかも、なくなる時にはわからないんです。後になって、『しまった』『なぜなくしてしまったんだ』と思うけれど、なくなってしまってからではもう遅いんです」

だからこそ、先人より受け継いできた良いものは残していきたい。そういう思いが、浅井さんを動かす力になっているのです。

80年代から有機に挑み
世界で愛される八丁味噌

三河産大豆と食塩のみでつくった八丁味噌。

一方で、浅井さんは受け継ぎ、守ることだけに努めてきたわけではありません。まだ「有機」という言葉が一般的でなかった1980年代から有機大豆を使った八丁味噌の製造に取り組んできました。また海外に幅広く販路をつくるなど、チャレンジを重ねてきました。今では、海外20カ国にまるやの味噌を輸出しています。そこには、浅井さん自身の経験も大きく影響していると言います。

「私は、若い頃一度就職をしたものの、なんだか嫌になって日本を飛び出し、ドイツに留学した経験があります。その時、堅実でつつましい暮らしをするドイツの人々に触れ、そうした暮らしは僕に馴染み、肌に合うなと思いました。その時に出会ったのが、有機の考え方や、後のマクロビオティックにつながる食事を志向する人々でした」

店舗には海外から訪れるお客様も多いという。

今では、マクロビオティックを志向する人やグルテンフリーの食品を選ぶ人など、世界中の人々にまるや八丁味噌の味噌が愛用されています。原材料の選定はもちろん、シンプルで丁寧な製造工程にも共感が得られていると浅井さんは言います。

「もうすぐ、新しい商品『MISO Powder(八丁味噌の香味パウダー)』を持ってヨーロッパに出かけてきます。今回はヨーロッパのレストランを中心にまわる予定です。このパウダーは、アイスクリームにかけても、ステーキにかけてもおいしい。関心を持って聞いてくれる、いい出会いがあるといいなと思いますね」

さまざまな料理のアクセントに使ってほしいという『MISO Powder(八丁味噌の香味パウダー)』

先人からの伝統を受け継ぎ守ること。そして、まるやの精神や生み出す商品に共感してくれる新たな出会いに期待すること。そのどちらも、わくわくした少年のような気配を漂わせて話す浅井さんの様子が印象的でした。

株式会社 まるや八丁味噌

株式会社 まるや八丁味噌

住所:
愛知県岡崎市八丁町52番地
TEL:
0564-22-0222
FAX:
0564-23-0172
URL:
https://www.8miso.co.jp/

蔵見学に関する問い合せ

TEL:
0564-22-0678(見学受付専用)
MAIL:
maruya02@8miso.co.jp

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