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発酵でつながる、おいしい輪!「私の発酵“推し”美食」
Vol.19 クセになる手作り腐乳の世界。
「Matsushima」シェフ・松島由隆さんとたどる
中国発酵食の魅力
2025/07/10
Vol.19 クセになる手作り腐乳の世界。「Matsushima」シェフ・松島由隆さんとたどる中国発酵食の魅力
発酵でつながる、おいしい輪!「私の発酵“推し”美食」
2025/07/10
食にかかわるプロに、お気に入りの「推したい発酵食」を教えてもらう本連載。第19回は、中国郷土料理店「Matsushima」オーナーシェフの松島由隆(まつしまゆたか)さんにお話を伺います。
中国少数民族の現地の味わいを松島さんの感性でひと皿ごとに丁寧に仕立てた料理は、驚きと滋味に満ちています。その複雑な味わいを支えているのが、発酵の力です。Matsushimaの料理に欠かせない発酵食から、「腐乳」の作り方を教えていただきました。
10代から高級中国料理店で修行を積み、料理人としての腕を磨いてきた松島さん。心のどこかで「自分がやりたい料理はこれではない」という思いがくすぶり続けていたと言います。
「僕は、お店で出す高級料理よりも、まかないで香港や中国出身の同僚が作ってくれる家庭料理のほうが食べていて幸せだったんです。いつかは家庭料理の店をやるのかな、と漠然と思っていました」
転機となったのは、中国郷土料理の名店「黒猫夜(くろねこよる)」での経験。雲南省の奥地など、当時、日本人があまり足を踏み入れていなかったエリアへの研修を積極的に行い、松島さんも頻繁に現地を訪れていました。
「30代に入り、料理人としてのキャリアも10数年。料理のことはひと通りわかっているつもりでいた僕にとって、中国少数民族の料理はまさに衝撃でした。何がどうなってこの味わいが生まれているのか、分析できない、わからない。でも、どこか懐かしさがあって、心地よい。どんどんのめり込んでいきました」
全10席のアットホームな店内。調理場と客席との距離が近く、シェフとの会話も楽しめる。
Matsushimaで使われる発酵食品は、年に数回、現地を訪れて買い付けたものか、松島さんが自ら仕込んだ自家製です。
「雲南省や貴州省では、発酵食品が日々の暮らしに当たり前にあるんです。納豆のようなものも、おばあちゃんたちが藁に包んでパパッと仕込んでいて。それまで“納豆は買うもの”だと思っていたので、『あ、作れるんだ』という発見をしました(笑)。それ以来、見知らぬ発酵食品に出合ったら、作り方を聞くようになりました。ただ、中国と日本では、気候も水も土もすべて違う。だから、日本の近しい発酵食品も調べながら、自分なりにアレンジしています。うまくいかないことは山ほどありますが、その試行錯誤すらも楽しくてたまらないんです」
松島さんが発酵食品を作るときに意識しているのは、「そのまま食べてもおいしいもの」に仕上げること。
「塩分を濃くして調味料として使うタイプがありますが、僕が作るのは、漬物のようにそのまま調理せずに食べられるものが多いですね。もしかすると、僕が大阪出身ということも関係しているかもしれません。大阪には昔ながらの漬物文化が根付いていて、僕自身も漬物が大好き。塩けはあってもまろやかで、直接的に“わかりやすい味”ではないのに、旨みがぶわっと広がる。あの感じが、僕の味覚の原点なのかなと思います」
穏やかな辛味に、チーズのようなまろやかなコクと大豆の香り、酸味が広がる。
松島さんの生み出す味わいに欠かせない、発酵食品。とりわけ、発酵唐辛子と豆腐で仕込む「腐乳」は、通年でコース料理に登場する、Matsushimaを象徴する一品です。
腐乳とは、中国や台湾で親しまれている豆腐の発酵食品。チーズのようにカビを利用して熟成させるもの、紅麹や米麹で漬けるものなど、地域ごとにさまざまな製法があります。
お店で提供されるのは、発酵唐辛子で乳酸発酵させたもの。中国の西南地方に伝わる作り方を現地で学び、そこにアレンジも加えながら、10年以上も欠かさずに作り続けているそうです。
赤唐辛子のヘタを落とし、塩水に漬けて発酵させた発酵唐辛子。辛味がマイルドな韓国産を使用。
6.表面が空気に触れないようラップでぴったりと覆い、蓋をして冷蔵庫で1カ月ほど熟成させる。
豆腐がまんべんなく唐辛子液に浸かるように液を流す。使っている保存容器は、高さ3cmほどの浅めのタイプ。
「仕込んでから1カ月ほどで食べごろに。中国で市販されている腐乳は塩分濃度がかなり高めですが、この腐乳はつまみながらお酒が進むようにと、塩分は控えめです」
Matsushimaでは、仕込んだ分を約1カ月で使い切るというサイクル。熟成が進むと、よりチーズのような旨みが強くなり、食感も引き締まってきます。
そのまま食べても抜群においしい腐乳ですが、料理に使っても存在感を発揮します。発酵が生み出す風味を損なわないよう、加熱は最小限に抑えるのが松島さんのおすすめ。
「たとえば、すりつぶした腐乳とゆで野菜をあえて白あえ風に。天ぷらにちょんと乗せるのもいい。少し待つと温まって、腐乳の香りがふわっと立ちます。それから、お店で毎年人気なのは、腐乳を添えて提供する玉ねぎのポタージュ。新玉ねぎが出回る春の定番ですが、通常の玉ねぎでもおいしく作れると思います」
玉ねぎの薄切り2個分をじっくり炒め、鶏ひき肉でとったスープ2カップと中国産の腐乳(市販)25gを加え、
煮立ったら15〜20分ほど弱火で煮る。粗熱がとれたら、ミキサーでなめらかに撹拌すればできあがり。
「玉ねぎの甘みとスープの旨みをベースに、腐乳のコクと塩けで味をととのえます。中国で市販されている瓶詰めの腐乳を調味料代わりに活用。自家製の腐乳を添え、“追い腐乳”で味変も楽しんでもらうのがMatsushima流です」
材料は玉ねぎ、鶏スープ、腐乳の3つだけ。シンプルな材料で作るポタージュは、驚くほどクリーミーで豊かな旨みに満ちています。濃厚でいてすっきりとした味わいのポタージュと、ピリッと辛い腐乳の組み合わせが絶妙です。
唐辛子を使わない、白腐乳の瓶詰め。日本でも、中華食材店やネット通販などで購入できる。
「発酵食を多用するようになって、自分が自分の料理を食べやすくなった」と、松島さんは話します。
「中国少数民族の料理と出合うまで、僕の知っている中国料理は“調味料で作るもの”だったんです。塩や砂糖、オイスターソースなどでしっかりと味を決める。もちろん、僕も塩や砂糖は使います。でも、発酵食品や野菜のだしを使うと、足りない分をほんのちょっと補ってあげるだけで、味がととのう。きちんと旨みはあるのに、しつこくなく、後に残らない。自分でも、食べ疲れしない味になったな、と感じています」
奥深い発酵の世界にどっぷり浸かり、表現し続ける松島さん。3〜4カ月に1度は雲南省に飛び、現地の発酵食や郷土食を研究し、自身の料理へと生かしています。
「発酵食って、知れば知るほど、さらにその先がある。その土地や民族に根付いたものだから、歴史背景も知りたいと思うと、もうわからないことだらけ(笑)。次の雲南省行きのお目当てのひとつは、蒸した茶葉を竹筒の中に入れ、土の中で発酵させる“食べる発酵茶”。まだ成功していない発酵食品なので、何かつかめたらいいなと思っています」
学び、作り、味わい、そしてまた旅に出る……。松島さんの発酵探究は、今日も静かに進行中です。
次回は、多国籍料理レストラン「LIKE」のシェフ、原太一さんにバトンをつなぎます。どうぞお楽しみに。
中国郷土料理店「Matsushima」オーナーシェフ。10代から中国料理の世界に入る。30歳より中国郷土料理の名店「黒猫夜」で腕を振るい、六本木店にて料理長を務める。2016年3月、代々木上原に「Matsushima」をオープン。発酵を軸にした独自の中国料理にファンが多い。