Facebook Twitter -
愛媛、食の現場へ
海藻の収穫量が激減する今
あおさの陸上養殖で、日本の食文化を守る
2025/07/17
愛媛、食の現場へ
2025/07/17
このままではいずれ「あおさのみそ汁」が飲めなくなってしまうのではないか。そんな危機感から2017年に始まったマルコメのあおさ(ヒトエグサ)陸上養殖への挑戦。2024年9月、挑戦が実を結び、陸上養殖で育てたあおさを使った『生みそ汁 料亭の味 あおさ』の販売にこぎつけました。愛媛県西予市で立ち上げ当初からプロジェクトに携わるマルコメ株式会社 研究開発本部の松島大二朗さんにお話を伺いました。
愛媛県西予市、瀬戸内海の穏やかな海岸を臨む場所に、あおさの陸上養殖試験設備はありました。私たちの到着に気づき、松島大二朗さんが出迎えてくれます。
松島さんは入社一年目で、あおさ陸上養殖プロジェクトの立ち上げメンバーに抜擢され、このプロジェクトを推進してきました。まずは松島さんにマルコメが陸上養殖に乗り出した経緯からお話を伺いました。
マルコメ株式会社 研究開発本部の松島大二朗さん。
大学、大学院では、植物や昆虫類の研究をしていたという。
「日本での海藻の収穫量は年々減少傾向にあります。そんな中、私が入社した2017年度は、価格がかなり高騰した年でした。あおさのみそ汁は近年、売り上げが右肩上がりの人気商品。しかし、このままではいずれ、あおさを用いた商品をお客様に届けることができなくなるのではないか。そんな危機感が広がった同じ年、徳島文理大学 薬学部の山本博文教授が世界で初めてあおさの陸上養殖技術を確立したというニュースが届き、山本教授を訪ねたのがプロジェクトの発端です」
その後、プロジェクトは本格的に始動。山本教授に技術指導を仰ぎ、わからないことや迷ったことがあれば、山本教授を頼ってきたと松島さんは言います。
プロジェクト1年目、養殖場にふさわしい用地を探しながら、まず松島さんが着手したのが高温に耐性のあるあおさの株を日本各地に探しに行くことでした。
「あおさの収穫量が減った原因のひとつに、海水温の上昇がありました。あおさを収穫できる場所がどんどん北上しているのです。そこで、まずは高い水温に耐性のあるあおさの株を見つけるために、日本全国40箇所以上の海岸をまわりました」
各地でサンプルを採取しては、何度まで耐性があるのか、室内培養の環境や屋外での養殖に適しているのか、一つ一つ調べる地道な作業が続きます。何度も作業を繰り返し、ようやく期待通りの結果を示した株を見つけた時は安堵したと、松島さん。
「おそらく耐性があるだろうと見つけてきた株だったので、『この株であってくれ』と、祈るような思いでした。実際にこの株ならいけると分かったときは、喜びより『ようやく次の一歩に進める』と、ひとまずほっと安心したという気持ちのほうが大きかったですね」
ここからさらに松島さんは、母藻と呼ばれる胞子を取るあおさを育て、より高温に耐性のある種を選抜、生育するというプロセスを繰り返し、通年養殖ができる株を選定していきました。
実際に、あおさがどのように育てられているのかを見るため、施設の中を案内してもらいました。
「この建屋では、あおさの母藻を育てています。最初の段階では人の目で確認できないほど小さな母藻も、容器にLED光と空気を送り込むことで光合成が促され、1週間ほどで色づいてきます」
そう松島さんが言うように、何もないように見える初段階の容器と、1週間後の容器を比べると、緑に色づいたあおさの赤ちゃんのようなものが見えます。さらに3週間ほど経った容器の中には、成長したあおさの姿を確認することができました。こうなると、外の水槽に放流することになるのだそうです。
「ここで母藻をいかに効率的に育てることができるかが、この後の収穫量に関わってきます。母藻を育てる工程が、陸上養殖の鍵とも言えますね」と松島さん。
LED光と空気を送り込み育てられる母藻。
何もないように見えていた容器も1週間を過ぎる頃から緑色の姿を確認できるように。
建屋の外に出ると、300リットル、5トン、10トンと、3つのスケールの水槽がありました。300リットルの水槽を覗くと、まだまだ小さい緑色のあおさが水の中で撹拌されています。
建屋で見たものよりも少し大きく育った300リットル水槽のあおさ。
この陸上養殖試験設備で使用されている水は、目の前の海から汲み上げたものです。
「組み上げられた海水はろ過して用いています。そのため、釣りに使うテグスや貝殻などの異物をシャットアウトできます。陸上養殖の場合、異物検品の工程が、海上養殖よりもシンプルになるのもメリットのひとつですね」
また、あまりにひどい豪雨の時以外は、雨が水槽に降り注ぐようにしていると松島さん。「雨には栄養塩が含まれています。また雨によって陸地から海に栄養が流れ出ます。そのため、雨はありがたい存在なんです」と言います。
目の前の瀬戸内の海水を用い、自然の天候の中で、あおさはすくすくと育っていきます。
建屋で見た、あんなに小さかったあおさがこの段階にまで育つと、愛おしく感じるのではないですか? 成長したあおさを眺めながら尋ねると、「そうですね。もう我が子のような気持ちです。これがうまく成長してくれたら嬉しいし、ダメになると本当に悲しい。農作物や畜産物を育てる一次生産者の皆さんと同じ思いですよね」と、松島さんは目を細めます。
最初は指の先ぐらいだったあおさも、300リットルから5トン、そして10トンの水槽に移動する頃には、手のひらサイズへと成長。そうなると水槽から引き上げ、洗浄、乾燥の工程へと進んでいきます。
水槽から引き上げられたあおさは、美しい緑色をしています。
以前、日差しによってあおさの色が落ちてしまうという課題に直面したことがあったと松島さん。
「山本教授に相談し、対策を重ねた結果、みそ汁に入れても美しいあおさの色を保てるようになりました。海水の中に、色を濃くするための栄養を添加すれば、あおさの色は濃くなります。でも、それはしません。あくまでも自然の海水を使った天然物でやっていくという考えのもと、さまざまな工夫を凝らしています」
初めて自分でつくったあおさを食べた時は、
「こんなきれいなあおさを育てることができたんだと感動しました」と松島さん
乾燥の工程で細かく水分量を調整し、加工のための工場へと送られる。
こうして乾燥の工程を経たあおさは、加工の工程へと進むため工場へと送られます。
プロジェクトから8年、この養殖場で育ったあおさは、2024年9月から『生みそ汁 料亭の味 あおさ』の原料として用いられ、お客様のもとに届けられています。
「初めて、ここのあおさが商品に使われることになった時は、一緒に働くメンバーとともに長野の工場に行き、出荷される様子を見送りました。感慨深かったですね」と、松島さん。新卒でマルコメに入社後、1年目からプロジェクトに関わり続けて8年。「山本教授や多くの皆さんのご協力のもと、量産にこぎつけることができたことにほっとしました」と語りますが、まだこれはゴールではないと、未来を見据えます。
「将来的にはすべてのあおさの商品を陸上養殖で育てたものでまかないたいと思っています。そのためには、生産量を上げるなど、まだまだ取り組んでいかないといけないことが数多くあります」
また、あおさだけでなく、海藻類全般の収穫量が落ちるなか、この陸上養殖試験設備で得た知見を活かし、業界にも貢献したいと思いは広がります。
「藻類全般の収穫量が下がり続けると、産業自体が衰退しかねません。業界のリーディングカンパニーとして、陸上養殖の技術を通じて他の藻類の持続的な利用を実現するなど、さまざまな可能性を探っていきたいと思います。
そして何よりも、おいしいあおさのみそ汁を、これからも多くの人に楽しんでもらえるよう、海藻を食べるという日本の大切な食文化を守っていけるよう、これからも尽力していきたいですね。」
そう語る松島さんの表情には、未来への希望と必ずやり遂げるんだという強い意思がみなぎっていました。
住所:愛媛県西予市明浜町俵津1番耕地696番4
お問い合わせ
マルコメお客様相談室
0120-85-5420
月~金 9:00~17:00(土・日・祝日・お盆・年末年始を除く)