発酵を訪ねる

伝統的な木桶菩提酛(きおけぼだいもと)造りを
次世代へつなぐ
奈良県・三輪の今西酒造「三輪伝承蔵」

2025/11/13

伝統的な木桶菩提酛(きおけぼだいもと)造りを次世代へつなぐ奈良県・三輪の今西酒造「三輪伝承蔵」
伝統的な木桶菩提酛(きおけぼだいもと)造りを次世代へつなぐ奈良県・三輪の今西酒造「三輪伝承蔵」

日本最古の神社の一つとされる大神神社(おおみわじんじゃ)がある奈良県・三輪は、古くから酒の神が鎮まる地として名高く、“酒造り発祥の地”といわれています。大神神社のご神体でもある三輪山は「三諸山(みむろやま)」と呼ばれ、「みむろ」は“酒のもと”を意味します。さかのぼると『万葉集』では三輪の枕詞として「味酒(うまざけ)」が詠まれ、古くから三輪は酒と深い関わりをもっていたことがわかります。

そんな歴史が息づく三輪の地で360年にわたって酒造りを続ける老舗の今西酒造。2025年春には新しい酒蔵「三輪伝承蔵」をオープン。うま酒を醸すこだわりや「三輪伝承蔵」の魅力について、蔵人の靍田篤(つるたあつし)さんにお話を伺いました。

酒造り発祥の地・三輪で
老舗14代目が情熱を傾ける菩提酛造り

創業1660年。唯一、今でも奈良県・三輪で酒造りを行う今西酒造。

14代目蔵主の今西将之さんが28歳の若さで事業を継承した当時は、低迷期にありました。生き残りをかけて、伝統を守りつつ、品質向上やブランド戦略などの改革を進めた結果、全国新酒鑑評会で5年連続、金賞を受賞。そのほか、さまざまなコンクールで賞を総なめにし、目覚ましい躍進が業界でも話題になっています。

今西酒造本店。軒先につるされた杉玉は「新酒ができました」の合図。青々とした杉玉は1年かけて茶色へと変わる。酒造りの神様として全国の酒造家から信仰の厚い大神神社で、ご神体の三輪山の杉を使って杉玉を奉製している。

ひらがな表記の「みむろ杉」は、14代目が新たに立ち上げた銘柄。

「漢字表記の『三諸杉』は創業時からある銘柄で、奈良県内のみで流通する商品です。『みむろ杉』は三輪を飲むというコンセプトのもと、穏やかな香りとフレッシュで米の旨みが広がるキレイなお酒を目指して、14代目が手がけました」

その新しいチャレンジの一つが、伝統的な醸造技法「菩提酛(ぼだいもと)造り」だとか。どういう手法なのでしょうか。

「菩提酛造りとは、室町時代中期に奈良県の正暦寺で生まれた、日本最古の酒母造りの製法です。生米を水に浸けて乳酸菌を繁殖させた「そやし水」を酒母の仕込み水に使い、酵母菌を邪魔する細菌の増殖を抑えることで、アルコール発酵が安定的に進みます。現代の日本酒製造技術の原型と言われ、乳酸発酵によるさわやかな酸味と、濃厚な旨みが調和した、味わい深いお酒が生まれます。

そんな超自然派で伝統的な醸造技法を現代に合わせてアップデートし、生まれたのが『みむろ杉 菩提酛シリーズ』です」と靍田さん。

清酒発祥の地とされる正暦寺にある石碑。
毎年1月に開催される「菩提酛清酒祭」では境内で酒母の仕込みが行われ、一般の人も見学することができる。

500年以上前の室町時代に、科学的な知見が無い中で発酵の働きを活用し、醸造技法を確立していたことに驚かされます。「菩提酛造り」を解明する取り組みは、先代のころに奈良県の酒蔵が手を取り合って進めたそうです。

「いったん途絶えた正暦寺の清酒を復活させるプロジェクトは、平成8年に発足しました。正暦寺をはじめ、当蔵を含めて県内のいくつかの蔵元が参加し、奈良県工業技術センター(現・奈良県産業振興総合センター)の協力を得て、試行錯誤を重ね、数年かけて復活させました。

それから25年以上が経った今も、毎年、正暦寺で造る酒母をそれぞれが持ち帰り、そこからは各蔵が自分たちのカラーを出しながら醸造しています。『菩提酛』は正暦寺しか名乗れなかったのですが、2021年に商標の開放が決定したことから、当蔵独自の菩提酛造りを行い、シリーズ展開しています」

地元・奈良県の酒を盛り上げようと、酒蔵が協力し合ってアクションを起こしたことが実を結び、若い世代が受け継ぎ、また次世代へとバトンが渡っていく。酒造り発祥の地だからこそ伝統的な手法にこだわりつつ、そのうえで特色を打ち出す。「木桶仕込み」は14代目のこだわりです。

三輪伝承蔵にて、吉野杉で作られた新しい木桶で仕込み中。
本店の蔵で使用する木桶は、この3倍くらいの大きさがある。

「ひと昔前まで、酒やしょうゆはどこの蔵でも木桶で仕込んでいましたが、時代の流れとともに衛生管理しやすいホーロータンクに移行しました。

“三輪でしかできない酒造り”というのも、14代目の目指すところ。最古の醸造技法で醸すにあたり、昔ながらの木桶を使用し、それも三輪との縁が深い“吉野杉”にこだわりました。木桶で醸すと、木のタンニンや木桶にすみつく微生物の働きにより、酒に複雑な風味と香りが加わり、より奥深い味わいになります」

醸造哲学は「清く、正しい、酒造り」
手間を惜しまず、品質向上を追求する

蒸した米を用途に合わせて温度調整する「放冷」という作業。

今西酒造の酒造りのモットーは、「清く、正しい、酒造り」。具体的にはどういったことに重きをおいているのでしょうか。

「三輪の一点のくもりもない清らかさを、酒で表現することを目指しています。また、醸造に携わる者として、『全醸造工程において正しいことをしているか』を判断の基準にしています。たとえば、洗米の目的は米ぬかを落とすことです。大量の米を一気に洗えば効率はいいのですが、米ぬかを完全に落とすことができません。そのため当蔵では10㎏ずつ洗米します。品質を重視し、手間がかかっても、その方法が正しい選択だと考えます」

日本酒の材料となる米や水も、三輪に由来するものですか?

「仕込み水は蔵の井戸から湧き出る三輪山の伏流水を使用しています。水質はやや軟水でやわらかな口あたりです。米は契約農家とともに栽培している『山田錦』のほか、『露葉風』、『奈々露』を使用しています。加えて、自社で田んぼを所有し、5年前から、みむろ杉の酒かすを肥料として稲を育てる『循環型農業』も実践しています」

まさに、三輪の風土や文化、歴史を体現した酒造りです。

蔵の井戸では、三輪山の伏流水が360年あまり途切れることなく湧き出ている。
大神神社の摂社である狭井神社(さいじんじゃ)の井戸にも三輪山の伏流水が沸き出ており、
「飲めば万病に効く」として名高い。

 

酒を醸す、町を醸す
「三輪伝承蔵」をオープン

今西酒造の新しい酒蔵「三輪伝承蔵」は、20254月に、大神神社の参道にオープンしたばかり。外装、内装ともに吉野杉が使われていて、さわやかな杉の香りが漂います。内部には木桶やこしき(米を蒸すためのせいろ)が設置され、タイミングが合えば、ガラス越しに仕込みの様子を見ることができます。

「この地で360年にわたって酒造りを続けてこられたのは、三輪の豊かな自然と地元の支援があってのこと。その感謝の気持ちや、三輪の歴史や文化、風土を次世代に伝え、人と人の縁を結び、町の賑わいを生み出す場所にしたいという思いから、14代目が『三輪伝承蔵』を新設しました。酒蔵として稼働しつつ、多くの方々が三輪に足を運ぶきっかけとなればと願っています。また、ゆくゆくはイベントやワークショップなども開催できればと考えています」と靍田さん。

左 吹き抜け部分や什器は、奈良時代から続く伝統的な建築様式「校倉造り(あぜくらづくり)」。
三輪のある桜井市は“材木の街”として有名で、建築資材はすべて吉野杉。木材ならではの調湿効果がある。
右 木桶は温度管理がむずかしく、職人の高い技術があってこその醸造技法。酒造りは寒い時期がメイン。
仕込みは10月から翌年の6月くらいまで行われる。

三輪伝承蔵ならではの、酒造りのこだわりについても語ってくれました。

「ここで醸造する酒は、奈良県の米を原料とし、すべて菩提酛造り、かつ吉野杉産木桶で醸します。本店よりも小仕込みで、商品にすると各銘柄700800本程度と数量は少なめ。『三輪伝承蔵』でのみ購入できる限定商品です。低温長期熟成で、アルコール度数13度の原酒になります。低アルコールながら、米の旨みをじっくり引き出すように造っていますので、軽くてまろやか、米の旨みをしっかり感じる酒です」

通販や酒屋では手に入らないとなると、日本酒好きにはたまりません。エチケットは三輪と縁の深い、杉、蛇、うさぎをモチーフにし、奈良の伝統色の鉛丹(えんたん)や青丹(あおに)などを採用しています。古都奈良の文化と現代的なセンスが融合した、洗練されたデザインです。

左から2品は山田錦、中央の3品は露葉風、右の1品は奈々露で仕込んだ日本酒。
同じ米から造っても、磨き(精米歩合)が50、60、65と異なれば、味わいもそれぞれ。

「蔵内にはカウンターもあり、『三輪伝承蔵』仕込みの日本酒を楽しめます。香りが華やかに開く、日本酒専用の酒器で提供しています」

「伝承蔵セット」は、お酒90mlと和らぎ水で660円(税込)~。「三輪セット」はさらに酔い小皿一品がついて1100円(税込)~。どちらのセットも、その日の銘柄リストからお酒を選ぶスタイルです。「伝承蔵セット」を複数オーダーして、磨きや米の種類が異なる日本酒を飲み比べする楽しみ方もおすすめです。

*選ぶ日本酒によって価格は異なります

「三輪セット」の酔い小皿は、今日の一皿から選ぶスタイルで、すべては今西酒造の酒造りと関係のあるおつまみ。
写真は「彩りおつまみ盛り合わせ」。この日は、大根とにんじんの塩麹ピクルス、モッツァレラの味噌和え、
自家製の奈良漬け、豆苗の塩麹ナムル、かまぼこの醤油麹添え。

「酒造りは飲み手に届いて初めて完結します。その一連の流れを三輪の地で行うことも、14代目にとって大きな意味のあることです。『三輪伝承蔵』は私たち造り手の想いを伝えるたいせつな場所で、お客様がおいしそうに飲む姿を見ることで、さらに旨い酒を造ろうと気持ちが奮い立ちます」と靍田さん。

蔵人の靍田篤さん。公式インスタグラムやFacebookに投稿する画像は、主に靍田さんが撮影している。
三輪の自然を背景にした商品画像は、とても印象的。

100200年先の未来も、三輪が元気であり続けてほしい」

三輪を創業の地とし、何代にもわたり商いを続け、自身もこの地で育ったからこその14代目・今西将之さんの思いが詰まった「三輪伝承蔵」。豊かな恵みをもたらす三輪で、伝統的な酒造りを極めつつ、どんな革新を起こすのか、14代目蔵主の次なる挑戦に期待がふくらみます。

今西酒造本店

住所:
奈良県桜井市大字三輪510番地
TEL:
0744-42-6022
定休日:
日曜日
URL:
https://imanishisyuzou.com/
  https://www.instagram.com/mimurosugi_official/

三輪伝承蔵

住所:
奈良県桜井市大字三輪552
営業時間:
10:00〜17:00
定休日:
不定休

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