発酵を訪ねる

江戸時代に確立した染色技術
「天然藍灰汁醗酵建」
今に受け継ぐ「藍染工房 壺草苑」

2020/01/30

江戸時代に確立した染色技術 「天然藍灰汁醗酵建」を 今に受け継ぐ「藍染工房 壺草苑」
江戸時代に確立した染色技術 「天然藍灰汁醗酵建」を 今に受け継ぐ「藍染工房 壺草苑」

「藍染」は、発酵の力を用いた染色であることをご存じですか? 現在では、藍染と看板を掲げていても化学的な材料を用いている工房や企業が主流だといいます。しかし、今もなお自然由来の材料のみを用い、江戸時代に確立された「天然藍灰汁醗酵建(てんねんあいあくはっこうだて)」を行う工房があります。東京都青梅市の「藍染工房 壷草苑(こそうえん)」もそのひとつです。
30年以上の間、藍染に携わる壷草苑工房長の村田徳行さんにお話をうかがいました。

江戸時代に大流行した青梅嶋
古くから繊維の街だった東京・青梅

壷草苑のある青梅は、江戸時代は向こう百軒が機屋だったという織物で栄えた街でした。

「庶民は贅沢を控え、麻や木綿の着物だけを着るようにとの令が定められた江戸時代も、平和な安定期に入ると、“粋”文化が花開いていきました。その頃に爆発的に流行したのが、このあたりで織られた『青梅嶋』です」

『青梅嶋』とは、縦糸に絹と木綿を交互に用いた縞柄の織物で、弥次さん、喜多さんで知られる十返舎一九による物語に登場したり、歌川広重の版画に登場する遊女や歌舞伎役者が身につけているなど、当時のおしゃれ着に用いられるようになりました。

「その後も青梅夜具地と呼ばれるふとんや座布団など繊維製品の生産地であった青梅。そんな土地で、大正時代から、祖父は染め物の下請けを生業としていました。しかし、今から30年ほど前、私の兄が社長となった頃に青梅嶋を再現しようと考えます。そして私が、藍染について学ぶために徳島に修行に行くことになりました。最初の1年は『天然藍灰汁醗酵建』を行う染め屋さんへ。もう一年は藍の原料となる『すくも』の生産者さんのところで学んできました」

こうして1989年、壺草苑が誕生。昔ながらの技術を今に受け継ぐ工房として、国内はもとより海外からも注目されるようになりました。

藍の原料「すくも」の生産で
豊かな時代を築いた阿波藩

『天然藍灰汁醗酵建』という藍染の手法は、ふたつの発酵を経て、「JAPAN BLUE」と呼ばれる深く美しい藍色を生み出すのだそうです。ひとつは、藍の原料である「すくも」をつくるとき。もうひとつは、布などを染める藍液そのものの発酵です。
まずは、原料づくりについて教えていただきました。

「藍は日本だけでなく、インド、台湾、ヨーロッパなど、世界各地でつくられています。日本の藍は、蓼藍(たであい)というタデ科の植物を、発酵により堆肥状にした『すくも』が原料。藍染自体は、日本各地に生産地がありますが、蓼藍を用いた『すくも』づくりは、徳島が一大生産地でした。麻や木綿の着物を着ることが定められていた江戸時代、阿波藩(徳島)でつくられた阿波藍はブランドとして確立され、阿波藩はとても豊かだったそうです」

乾いた蓼藍の葉は、青い。

今でも、徳島では「すくも」がつくられていると言いますが、そのプロセスは大変手間がかかると村田さん。

「まず蓼藍を育て、6月中旬以降に刈り取りをします。それらを機械で藍の色素を有した葉と色素のない茎に分け、乾燥させます。秋頃、漆喰の建物のなかに、乾燥した葉を集め、水をかけ、むしろで覆って温度を調整しながら発酵を促します。一週間ごとに葉の山を崩しては、水を与えてよくかき混ぜて、また山にする。寒くなるにしたがい、むしろの数を増やし、発酵温度である56度くらいに保つこと4カ月。12月ごろには黒々、ネバネバとした『すくも』ができあがります」

蓼藍の育成から、乾燥、発酵と、一年かけておこなう大変な作業。今では徳島でこうして「すくも」をつくる職人「藍師」は5人となり、1978年には「阿波藍製造」が、文化庁による選定保存技術に認定されています。

「私も徳島で1年間、こうした『すくも』づくりに関わりましたが、時間も体力も必要な大変な作業。近年、生産量も減ってきています。しかし、徳島でつくられる『すくも』は、『天然藍灰汁醗酵建』には欠かすことができません。酒蔵の杜氏の仕事と同様に、生産する藍師ごとに『すくも』に個性が生まれ、染まり方などに違いが表れるのも、発酵による天然染料の奥深さだと思います」

徳島から届いた「すくも」。

自然由来の材料と発酵の力で
生み出される藍の色

徳島から通気性のいいワラでできた袋に詰められて届く「すくも」。しかし、これを水に溶かすだけでは、茶色い水にしかなりません。

「すくもに含まれる菌に、酒やふすま(小麦粉の皮)などの栄養分を与え、広葉樹を燃やしてつくった灰を使った灰汁(あく)や石灰などを加え、32度くらいに温度調整をします。そして、毎日、朝と夕に撹拌をします。すると初めて、閉じ込められていた菌がオギャーと目を覚まし、ぶくぶくぶくと発酵をはじめ、藍の色が液の中に溶け出すのです」

こうなってだいたい10日目くらいで染められるようになると、村田さん。しかし、液の中に人の手が入り、布が入ると、液の中のバランスはどんどんと変わると言います。

「特に夏は、雑菌が入りやすかったり、異常発酵したり、菌がバランスを崩して風邪をひいてしまうこともあります。30年以上も藍染をしていますが、こうすればいいなんてことはなく、なかなか色が出なかったり、液の色はいいのに染まりが悪かったり、未だにわからないなぁと思うことが多い。それがまた、藍染のおもしろいところです」

藍について語る時、人について話しているかのような言葉を選ぶ村田さんから、藍への思いを感じます。「ここに見学に来る小学生も、冬でも半袖半ズボンで元気なのもいれば、コートにマフラーでぐるぐるって子もいる。個性があるのは、人も藍も同じ」なのだそうです。

こうして藍の液から上げて絞って広げ、空気に触れることで酸化して、発色するという藍。この作業を繰り返すことで、だんだんと濃い色合いにすることができるのです。

自然由来の材料と発酵の力で
生み出される藍の色

たくさんの工程を経て、ようやくできる藍染。『天然藍灰汁醗酵建』による藍染の魅力を伺うと、こんなふうに教えてくださいました。

「『天然藍灰汁醗酵建』に用いる原料は、すべて自然由来。そのため手袋をつけずに素手で作業をしても、からだに悪い影響を与えることはありません。藍を川に流しても自然に害を与えないどころか、自然に還る際に土を活性化させる効果があるくらいです」

工房に併設されているショップ。美しい藍染の製品が揃う。

また藍が、からだを守るための生活の知恵として用いられていたことも忘れてはいけないポイントです。

「藍には、防虫効果、防カビ効果、消臭効果などの効果に加え、生地を強くする効果もあります。そうした性質から、同じように生地を強くする効果を持つ、柿渋と藍を重ねて用いて、丈夫な蚊帳をつくったそうです」

藍の服を身につけると傷を負っても化膿しないことから、武士に重宝されていたともいわれています。暮らしの知恵に根ざした技術であり、品だったのです。

「そして、何より美しいなぁと思いますね。光を受けたときの透明感のある色合い。時を経ると徐々に色が変化していくこと。天然の素材でつくる藍染ならではの美しさがあります」

そう話してくださる村田さんの言葉に、藍への愛情がにじみます。
しかし、お話を聞けば聞くほど、『天然藍灰汁醗酵建』という技法が、いかに手間ひまのかかる作業かもよくわかりました。そこで、「これだけ手間がかかっても、この技法にこだわりますか?」と、少し意地悪な質問をしてみました。すると、村田さんからきっぱりとした言葉が返ってきました。

「そうですね、だってうちは“藍染”をやっているんですから。もちろん、手間もお金もかかります。でも化学的な材料を用いた藍染は誰にでも、明日にでもできること。ここで私たちがそれをしてしまったら、これまでの30年がなくなってしまうのと同じになってしまいます。私たちは、効率を追い求めるどころか、いかに逆行して江戸時代に向かおうかと考えているくらいなんです」

そう言いながらも、照れ隠しのように「まぁ、もしかしたら、30年前に化学的な材料を用いる選択をしていたら、今では大会社になっていたかもしれませんけどね」と、言って笑う村田さん。
壺草苑の仕事と村田さんの表情から、「歴史ある青梅のこの地で、昔ながらの技術や人々の知恵を現代に受け継いだ、本物の“藍染”をやっている」という自負の気持ちを、しっかりと感じることができました。

藍染工房 壷草苑

藍染工房 壷草苑

住所:
東京都青梅市長淵8-200
TEL:
0428-24-8121
営業時間:
10:00〜18:00
定休日:
火曜日
URL:
https://www.kosoen-tennenai.com/

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