発酵を訪ねる

米一升、みりん一升。
変わらぬ製法で愛され続け、
もち米のリキュールとして
世界へ『三州三河みりん』

2025/05/08

米一升、みりん一升。変わらぬ製法で愛され続け、 もち米のリキュールとして世界へ『三州三河みりん』
米一升、みりん一升。変わらぬ製法で愛され続け、 もち米のリキュールとして世界へ『三州三河みりん』

「豊かな大地の恵みによって農業が発達し、その豊かさが自ずと醸造文化の発展へと繋がっていきました」そうお話してくださるのは、『三州三河みりん』を醸造する角谷文治郎商店の角谷 文子(すみや あやこ)さんです。醸造業が盛んな土地は数多くあれど、味噌、醤油、酢、みりんの醸造蔵がすべて揃う土地は愛知だけと胸をはる角谷さん。独自の醸造文化、食文化が育まれる愛知県 碧南市で創業より115年の時を刻んできた『三州三河みりん』についてお伺いしました。

かつてはお酒として
飲まれていたみりん

(左から)『三州三河みりん』、『有機三州味醂』、『三州梅酒10』、『有機みりん粕』。
『三州梅酒10』は、みりんの良さを伝えるために開発した、みりんベースの梅酒。

「かつてみりんは、お酒として飲まれていました。現在は調味料として認知されているため、なかなか飲む機会はないと思いますが、よろしければ、まずは味見してみてください」
そう角谷さんに促されてグラスに口をつけてみると、ふくよかな甘い味わいと旨みが口いっぱいに広がります。アルコール分もしっかりと感じるため、どこかで飲んだ甘い食前酒の味を思い出しました。
その感想に角谷さんは「そうですね。貴腐ワインやアイスワインのようだと表現される方もいらっしゃいます。みりんが誕生したのは、約500年前、戦国時代の頃です。この頃は、まだ砂糖が手に入る前の時代。甘いものは大変貴重でした。そのため、みりんは、公家や武士といった上流階級の人のみが飲める高級なお酒だったそうです。その後、江戸時代になるとお酒の飲めない方やお酒が弱い方を中心に庶民に広がっていき、同時に私たちが知る調味料としての歴史も始まったと言われています」

お話してくださった角谷文治郎商店の角谷 文子さん

もともと愛知県は酒づくりが盛んな地域でした。それが、この土地にみりんをつくる醸造元が多い理由でもあるそうです。
「江戸時代、知多半島には200を超える酒蔵がありました。そんな中、私たちは近くの酒蔵から日本酒の副産物の酒粕を分けてもらい、その酒粕を再蒸留させてつくる粕取り焼酎をみりんの仕込みに使うところから、みりんの醸造が始まりました。そのため、全国的には、酒蔵がみりんもつくっていることが多いのですが、この地域にはみりんだけをつくっている、みりん専業の蔵が多いのが特徴です。昭和30年代には、20軒ほどのみりん蔵があったそうです」

みりんとは、
焼酎の中でつくる甘酒?

1年以上かけてじっくり醸造される『三州三河みりん』

しかし、現在の『三州三河みりん』の製造には酒粕を原料とした粕取り焼酎を用いていません。今はどのようにつくられているのでしょうか。『三州三河みりん』づくりについて教えていただきました。

「酒粕を用いたみりんづくりは、酒粕が日本酒の副産物であるため、品質のコントロールの難しさから戦後のある時期で終わり、当社は自家製の焼酎で仕込む今の方法に行き着きました。
まずは、すべてのお米を玄米の状態で契約農家から仕入れ、精米することから、私たちの仕事は始まります。お米の状態をみて精米し、製造スケジュールにあわせて精米します。その後、精米をしたお米を洗って水につけ、蒸していきます。蒸したもち米と麹室でつくった米麹、そして自家製の米焼酎を原料にタンクの中で仕込んでいきます。タンクの中で3カ月熟成させていくのですが、この時に麴の力でもち米のでんぷんが分解されて甘くなっていきます。3カ月後、それらを昔ながらの槽(ふね)と呼ばれる道具で搾り、さらに1年以上、三河地方の四季の移りかわりのなかで、ゆっくりと熟成させると、私たちのみりんになります」

「実際にみりんを仕込む時期は昔から花の咲く時期を選んでと言われていた」と角谷さん。

「春は梅の花が咲いて桜の花が散る頃、秋は新米が取れて菊の花が咲く頃が最も仕込みに適していると言われています。ただ、今はその時期にだけ仕込むのでは、生産量が限られ、お客様にご迷惑をおかけしてしまうので、その時期を中心に春と秋。年に2回仕込みを行っています」

こうしてできあがるみりんには、甘酒と同じ特徴があるという。
「麹とお米を使ってつくる甘酒。麹が一番働きやすい温度を保てば、たった1日でお米のでんぷんが麴の力で甘くなりおいしい甘酒ができます。この工程は、みりんとよく似ています。みりんの甘さは麹由来という点で、甘酒の甘さと同じもの。ですから、焼酎の中でゆっくりと甘酒をつくっている状態が、みりんと言えるのではないかと私は思っています」

全く異なる『本みりん』と『みりん風調味料』。
『本みりん』も種類はさまざま

契約農家、国内指定産地の米を使い、みりんづくりに合う焼酎を自社でつくり、長期醸造熟成をする。三河みりんをつくるうえで欠かすことはできません。さらに、もう一つ特筆すべきことがあると、角谷さん。
「私たちは、みりん一升つくるのに、お米を一升使っています。つまり、米1升からできるみりんの量が1.8リットル、1.8リットルを重量に直すと1.5キログラムなので、使っているお米とできあがったみりんの割合は、1:1というのが私たちのみりんのつくり方です」

酒税法の「本みりん」の定義では、1瓶のお米からみりん5本までつくることが認められていると言いますから、これは非常に贅沢なつくり方だと言えます。

「実はみりんは戦時中、贅沢品だと言われ製造が禁止されていました。第二次世界大戦が終わり、みりんの製造を再開することはできたのですが、まだまだ米不足であったため、販売価格の8割近くを酒税として収めることが求められていました。そのため、全国的に転業する蔵、廃業する蔵が続出したのです。なんとかみりんづくりを続けた酒蔵もあまりに高い酒税のため工夫をこらすようになりました。そうして生まれたのが、『みりん風調味料』です」

お米ではなく、雑穀を使って仕込んだ『新みりん』、塩水中でアルコール発酵させた『塩みりん』などが生まれたと言います。さらに、技術革新によって、水飴やぶどう糖などを用いてつくる『みりん風調味料』が数多く誕生することになりました。

このような『みりん風調味料』のほかによく耳にするのが『本みりん』です。実は『本みりん』と言われるものの中にもさまざまな種類があるそうです。

「『本みりん』と掲げられていたら、すべて同じかというとそうではありません。本みりんと書いてあっても、伝統的な材料・製法でつくったものと、そうではないものがあるということは、あまり知られていないと思います。
伝統的な製法でつくる私たちのみりんには、原材料名にもち米と米麹、本格焼酎(米)と書いてあります。つまり元をたどると原料はお米だけ。アルコール分は14%、色は琥珀色です」

一方、『本みりん』と書かれたみりんの中には、もち米と米麹のほかに、醸造用アルコールつまり、食用エタノールや糖類を用いるところもあるそうです。そうした工夫によるコスト面や時間的なメリットはさまざまあります。しかし、角谷さんはそうしたメリットに余りあるおいしさが『三州三河みりん』にはあると語ります。

「私たちのみりんは、原材料や熟成期間の長さから、みりん風調味料や大量生産できる本みりんと比べて、長期熟成のため時間がかかり、生産量も限られ、価格が高くなります。しかし、やはり『三州三河みりん』のおいしさはこの方法でしか生み出せないと、自負しています」

もち米のリキュールとして
洋食やスイーツにも

スイーツにも使用されている、コクのあるまろやかな甘み『有機みりん粕』。

みりんというと、煮魚やてりやきチキン、親子丼、肉じゃがといった料理に使うイメージがありますが、最近ではみりんを『もち米のリキュール』と呼び、洋食やベーカリー、スイーツの世界でも注目されているそうです。

10年ほど前から、みりんを和食だけではなく、さまざまなジャンルのお料理に使っていこうと発信してきました。例えばケチャップと相性がいいですし、デザートなどにもよく合います。
お肉料理に甘みのあるソースとして使ってもおいしいですし、ドライフルーツをラム酒ではなく、みりんで戻すのもおすすめです。そのほか、ヨーグルトやアイスクリームにかけていただいてもいいですね。
こうした発信の成果として、名古屋市内のカフェやホテルのメニューに私たちのみりんが用いられたり、海外のレストランやシェフからのお問い合わせも増えました」

近年、愛知県は、発酵食文化を盛り上げていこうという機運があります。そうした追い風にも乗っていきたいと角谷さん。

「私たちは本当に小さなみりん蔵です。そのため、量では大手企業に届くことはできません。だからこそ、伝統的なみりんの製造にのみ絞り、質で勝負すると決めて、地道に30年、40年とやってきました。ある時は、お米不足や、商品に占める酒税の高さなど非常に厳しい状況にあっても質にこだわり続けてきました。
ありがたいことに今では『三州三河みりん』がいいと、選んでいただく機会も増えました。これからも、みりんの魅力をもっともっと国内外に向けて発信していきたいと思います」

株式会社 角谷文治郎商店

株式会社 角谷文治郎商店

住所:
〒447-0843
  愛知県碧南市西浜町6-3 
TEL:
0566-41-0748
FAX:
0566-42-3931
URL:
https://mikawamirin.jp/

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