発酵でつながる、おいしい輪!「私の発酵“推し”美食」
Vol.22 食材と食材をつなぐ、発酵の恵みに魅せられて。
「ACIÉ coffee and wine」
岩井悟さんのフロマージュブラン
2025/10/02
Vol.22 食材と食材をつなぐ、発酵の恵みに魅せられて。 「ACIÉ coffee and wine」岩井悟さんのフロマージュブラン
発酵でつながる、おいしい輪!「私の発酵“推し”美食」
2025/10/02
食にかかわるプロに、お気に入りの「推したい発酵食」を紹介いただく本連載。今回のゲストは、コーヒーとワイン、そしてノンアルコールドリンクにも精通するドリンクのスペシャリスト、岩井悟(いわいさとる)さんです。
東京・神楽坂の路地裏で「ACIÉ coffee and wine」を営む岩井さんが教えてくれたのは、いくつものフレッシュチーズを混ぜ合わせて仕立てる「フロマージュブラン」。口に含めば、ふわっと広がる濃厚でふくよかな味わいに、思わずうっとり。前菜、デザートと、自在にアレンジできる懐の深さも魅力です。
こじんまりとした一軒家の扉を開けると、アンティークの落ち着いたカウンター。「カフェ」や「バー」という言葉から連想される空間とは一味違うしつらえは、「お客様とセッションをして、好みに合うドリンクを“処方”する」という岩井さんのコンセプトにぴたりと重なります。
ワインやコーヒーはもちろん、アルコールやカフェインが苦手な方でも楽しめる、ノンアルコールドリンクにも力を注ぐ岩井さん。ハーブとともに漬け込んだ自家製梅シロップや、檜を乳酸発酵させた「檜トニック」、紅茶を発酵させて作る自家製コンブチャなど、こだわりの発酵ドリンクはここでしか飲めない味わいです。
「料理のようなアプローチができるのが、ノンアルコールドリンクのおもしろさです。料理やその日の気分に合わせて、味わいをプラスしたり掛け合わせたり。さらに、発酵ドリンクなら変化や成長も楽しむことができる。アルコールの代替品ではなく、舌も心も満足できる1杯をお出ししたいと思っています」
2023年に仕込んだ梅シロップ。びんを揺らすと細く泡立ち、酵母の息づかいが感じられる。
予約限定で、料理とドリンクのペアリングを楽しむコースも提供。ワインや自家製ノンアルコールドリンクに合わせる料理は、その多くが発酵の技法を取り入れたものだと言います。
「お店でお出しするのは、びんのなかで酵母が発酵し続けているナチュラルワインが中心。口に含むとプスプスと発酵によるガスが感じられます。この飲み物のいきいきとした味わいには、ただ食材を組み合わせただけの料理だと、どこか物足りなく感じてしまう。発酵の力を加えることで、ワインに負けないテンションと、調和が生まれるんです」
フランス語で「白いチーズ」を意味するフロマージュブランも、岩井さんが常備する発酵メニューのひとつ。
牛乳を発酵させた自家製フレッシュチーズと、フランス・オーヴェルニュ産ブルーチーズを混ぜ合わせて仕上げるフロマージュブランは、白くなめらかな舌触りの奥から、ブルーチーズ由来の香りとコクが顔を出し、一口ごとに表情を変えていきます。
なめらかに混ぜ合わせ、冷蔵庫で寝かせるだけ。手軽に作れ、日持ちするのもうれしい。
今回ご紹介するのは、「ACIÉのフロマージュブランを家庭で再現するなら」と考案したレシピ。市販のチーズを組み合わせて、まろやかで複雑な味わいを表現します。
4. 清潔な密閉容器に入れてトントンと何度か台に落として空気を抜き、ラップをぴったりと貼り付けてから蓋をする。冷蔵庫で2〜3週間保存可能。
ラップを貼り付け、空気が入らないように保存。冷蔵保存中も熟成がすすみ、3日、1週間と少しずつ味わいが
変化していく。
「砂糖の量は好みで加減してください。特に料理に合わせたいときは、砂糖控えめもおすすめ。肉や魚のソテーに添えれば、リッチなチーズソースとしても楽しめます」
フロマージュブランにパッションフルーツ、パイナップルをあしらい、砕いたクッキーを散らした一皿。
「ブルーチーズと南国の果実って、どこか似た香りを持っていて、抜群の相性!」
さまざまなアレンジで楽しめるのも、このフロマージュブランの魅力です。たとえば、黒こしょうを振って、オリーブ油を回しかければ、小粋なディップの完成。旬の野菜やクラッカー、バゲットなどを添えるだけで、ちょっとおしゃれな前菜ができあがります。
また、タルト台に流せば、ワインにもよく合うチーズタルトに。フルーツを添えれば、特別な日のおもてなしにもぴったりです。
なかでも岩井さんが「最高の相性!」とおすすめするのは、トロピカルフルーツとの組み合わせ。目にも美しい一皿は、気分まで高揚させてくれます。
フロマージュブランのトロピカルフルーツ仕立て
岩井さんは「発酵は、距離の遠い食材をつなぐプロセス」と表現します。
「たとえば土の香りがする山の食材、潮風をまとった海の食材。普通なら交わらない個性が、発酵という営みを経ることで、まるで共同生活を始めるかのように調和していく。僕のなかには、そんなイメージがあります。淡白な食材には旨みがプラスされ、素材の味わいがより濃厚に。発酵は、食材と食材を出合わせる媒介なんです」
発酵のアプローチによって、豊かな口福体験を生み出す岩井さん。発酵については独学を続け、そのプロセスを丹念に観察しながら、日々、試行錯誤を重ねています。
「先日、パプリカの発酵ドリンクを作っていたときに、びっくりすることがありました。通常は塩分濃度を調整して、乳酸菌が働くように導くのですが、肝心の塩を入れ忘れてしまったんです。失敗したと落胆していたところ、無塩のまま発酵がすすみ、パプリカビネガーに。驚くことに、酢酸菌が働いていたんです。発酵は人間が思い通りにコントロールできるものではなく、自然の営みによって生まれるもの。お店で出す以上、安心して口に入れられるよう整えることは大事ですが、そのなかにも偶発的で思いがけない変化や発見がある。発酵ってやっぱりおもしろいな、と改めて感じています」
次回は、同じく神楽坂にお店を構えるイタリアンレストラン「Qkurt」のオーナー・角田直也さんにバトンを渡します。どうぞお楽しみに!
美術大学を卒業後、服部調理師専門学校(現 服部栄養専門学校)へ。東京・麻布台のフレンチ「Restaurant Florilège」にてノンアルコールドリンク部門の責任者を務めたのち、独立。飲食店のコンサルタント業を経て、2023年4月、神楽坂に「ACIÉ coffee and wine」をオープン。
住所:東京都新宿区若宮町12-1
定休日:不定休
Instagram:@acie_kagurazaka