発酵でつながる、おいしい輪!「私の発酵“推し”美食」
Vol.23 神楽坂の隠れ家イタリアンレストランに教わる、
自家製パンで楽しむ発酵づくしのブルスケッタ
2025/11/06
Vol.23 神楽坂の隠れ家イタリアンレストランに教わる、自家製パンで楽しむ発酵づくしのブルスケッタ
発酵でつながる、おいしい輪!「私の発酵“推し”美食」
2025/11/06
食にかかわるプロに、お気に入りの「推したい発酵食」を紹介いただく本連載。今回は、神楽坂の路地に佇むイタリアンレストラン「Qkurt(カート)」へ。料理をオーナーシェフの角田直也(かくだなおや)さんが、パンとドルチェをパティシエの角田菜美子(かくだなみこ)さんが手がけています。菜美子さんの自家製パンを主役にした発酵づくしのブルスケッタ――夫婦で紡ぐ、幸せの一皿をいただきましょう。

神楽坂の路地に、そっと明かりを灯す「Qkurt」。扉を開ければ、カウンター越しに立つシェフの角田直也さんと、焼きたてのパンを運ぶ菜美子さんご夫婦が迎えてくれます。
温もりのあるカウンターテーブルについたら、思う存分食べて、飲んで、おしゃべり。心から食事とワインを楽しむ時間の始まりです。
「もっと気軽にコース料理を楽しんでほしくて。食べることを心から楽しみ、幸せを見出すイタリアの文化も伝えられたらいいな、と思っています」と、直也さんは穏やかに話します。
お店をオープンしたのは2019年。調理師学校時代に出会ったふたりが、夫婦で切り盛りする12席の空間には、肩ひじ張らずにコース料理を楽しめるやわらかい空気が流れています。

開店時間に合わせて焼き上げる時間を調整。ほかほかのパンはそれだけでごちそう!
料理に合わせて焼き上げる自家製パンは、Qkurtのもう一つの主役。
「彼女の焼くパンはお客様にとても好評で。『パンがとてもおいしかったです』と言われると、実は内心ちょっと複雑(笑)。僕の料理も負けちゃいられない、と発奮しています」と直也さん。
天然酵母を使ったライ麦パンと、サクッとした食感も楽しいブリオッシュ。2種類のパンがコースを彩ります。
「お店を始めるときに、パンは毎日手作りしたいなと思ったのは、焼きたてが一番おいしいから。本当は、焼きたての“つまみ食い”が最高なんですけれど(笑)」
その日の気温や湿度、粉の種類に合わせて、水分や発酵時間をこまやかに調整する。それは、菜美子さんにとってはごく当たり前の、日々の営みです。

「私のパンはライ麦粉や準強力粉を使うので、材料にはなじみがないかもしれませんが、作り方はとても簡単。ヨーロッパでは、毎日のようにパンを焼く家庭も多いですし、パン作りは生活の一部なんです。寒い季節は発酵がなかなか進まなかったり、反対に発酵しすぎてしまったりすることもありますが……、焼けばなんとかなります(笑)。身構えずに、おうちでも焼きたてパンのおいしさを味わってみてほしいです」

自家製の天然酵母を使い、香り豊かに焼き上げるQkurt自慢のライ麦パン。今回は、家庭でも作りやすいよう、ドライイーストで発酵させるレシピを教えてもらいました。
焼き上がったパンは、ライ麦のどっしりした旨みと、パリッ&もちもちの軽やかさのバランスが絶妙!「準強力粉とブレンドすることで、ライ麦だけでは出せない香ばしさと食感が生まれます」

それではここで、直也さんにバトンタッチ! 香り高いライ麦パンを、イタリアらしい大らかさと発酵の旨みで包み込む、発酵づくしのブルスケッタに仕立てます。

「おいしいアンチョビとおいしいバターを組み合わせるだけの、テクニックいらずなレシピ。BALENA(バレーナ)のアンチョビ、おすすめです!」
「アンチョビはこまかく刻みすぎないことが最大のポイント! まばらにアンチョビが入っているほうが味に濃淡が出て、旨みの輪郭がくっきり。一口ごとに新鮮で、違う味わいが楽しめます。このまばらさ、大らかさは、イタリア料理の美しさ。イタリアって決して豊かな国ではなくて、その季節に獲れる旬のものをたくさん食べるという文化なんです。だからこそ、その時期に食卓に上るものを飽きずに楽しむ努力を重ねてきた。それがイタリア料理の一つの本質じゃないかと思うんです」

イタリア的なおいしさの秘密は、“まばらさ”にあり。クッキングシートにはさみ、薄く平らにして冷やし固める。
どっしりとしたかみごたえのあるライ麦パンには、たっぷりとアンチョビバターをのせるのがおすすめ。
「パンの風味とアンチョビとバターの香りが噛むごとに広がって、食べ飽きません。ワインと合わせれば、最高の前菜になりますよ」

Qkurtオープン以来初めてとなる、イタリア視察の旅から帰ってきたばかりという角田さん夫妻。久しぶりに訪れたイタリアでは、思いがけない出合いがあったそうです。
「味噌が、出てきたんですよ」
その驚きをかみしめるように話してくれたのは菜美子さん。
イタリア料理の伝統を大切にしながらも、新しいおいしさを追求しているレストランで出合ったのは、味噌とチーズ、トリュフを組み合わせた一皿。直也さんにとっても、その味わいは衝撃だったそうです。
「僕たちは味噌の味は知っている。でも、トリュフの風味に味噌がこんなにも合うなんて思いもしなかった。そして、イタリア料理でこの組み合わせに出合ったことに、大きな驚きがありました。イタリア料理って、基本的には素材をダイレクトに楽しむもの。作り込むというよりも、“その時”“その場”にあるものの旨みをシンプルに引き出すのが魅力です。そこに発酵の産物である味噌が加わると、時間の深みが生まれて。今回の旅で、発酵とイタリア料理の融合を強く感じました」
イタリアで改めて感じた発酵の魅力は、いま、直也さんのなかでも新たな広がりを見せています。

「僕の料理には、たとえば砂糖や添加物は使わないという、自分なりのルールがあります。味噌もこれまで取り入れたことはなかったし、日本でイタリア料理をやっているからこそ、イタリア料理へのリスペクトや本物であり続けることは忘れてはいけないと思っていました。でも、イタリアは僕が思うよりずっと自由でしたね(笑)。考えてみればイタリア料理でも、アンチョビやコラトゥーラ(魚醤)、バルサミコ酢、プロシュートなど、発酵食材は使われているし、その旨みは料理を下支えするもの。今まで “発酵”とことさらに意識はしていなかったけれど、味噌やみりんなど、日本の発酵調味料も含めて、新しい可能性が見えてきたことにワクワクしています」
そう語る直也さんの表情は、どこか晴れやか。
「枠にとらわれず、自分がおいしいと思えるものを作っていけばいいと、少し肩の力が抜けたように感じています。Qkurtで出すパンだって、本場イタリアをしのぐおいしさですしね(笑)。自分の舌を信じて、日本でできる表現をしていきたいですね」
次回は、神楽坂から少し足を伸ばして四ツ谷・荒木町へ。「燗コーヒー藤々」の藤極武志さん&由衣さんにバトンを渡します。どうぞお楽しみに!
三重県出身。辻調理師専門学校を卒業後、都立大学にある人気イタリアン「カンティーナ カーリカ・リ」の料理長などを経て、2019年に独立。店名の「Qkurt」は、音楽好きの角田さんが愛するロックバンド・ニルヴァーナの故カート・コバーンや、手押し車を意味するカートなどに由来。綴り字は「読めないオリジナルの名前にしたかった」という角田さんの造語。
富山県出身。辻調理師専門学校を卒業後、ホテルやベーカリー、パティスリーなどで経験を積む。「Qkurt」では、パンとドルチェのほか、ワインのサーブも担当。「ワインのペアリングは、その日のコース内容に合わせて2人で決めます。最近のおすすめはハンガリーやチェコなど中欧のワインです」