発酵に恋して。
発酵は、未来のわたしへの贈りもの。
大河内志保さんの “年齢を重ねるのが楽しくなる”
暮らし方。
2025/11/27
発酵に恋して。
2025/11/27
ある日、突然、腸が動かなくなった。お腹は張り、全身に蕁麻疹が出て、歩くことさえつらい――。そんなギリギリの体調から抜け出すきっかけになったのが、“発酵食”だったと話す大河内志保(おおこうちしほ)さん。「味噌」や「醤油」といった、子どものころから親しんできた“いつもの調味料”に魅了され、発酵をあらためて学び、自分の手で仕込み、全国の蔵を訪ね歩くようにまで。手づくりの発酵食品に囲まれた暮らしのなかで、「心も体も40代の頃より元気。発酵は、未来の自分を助けてくれるやさしい知恵だと思っています」と話す大河内さんに、発酵ライフと、ふだんの食卓に取り入れるヒントもうかがいました。
「抗生剤がきっかけで、腸に負担をかけてしまったことがありました」
発熱、蕁麻疹、激しい腹部膨満感……お腹は妊婦のようにふくらみ、2度の救急搬送。薬ではなく “腸そのものを整えるしかない”。そう気づいたことが、本格的に腸の勉強を始めるきっかけとなり、発酵食をあらためて見直す転機にもなったといいます。
ただ、大河内さんと“食”との向き合いは、もっと前からずっと続いていました。
「プロのアスリートだったパートナーのために食事管理を続けてきました。
22歳で女子栄養大学の調理師課程に進み、栄養学や衛生も含めてしっかり学んだのは、そのためでもあります」

「食べ物が体をつくっている」ということ体験し、実感したことが、
発酵食を本格的に学びたいと思ったきっかけだったと語る、大河内さん。
結婚を機にアメリカへ。慣れない土地での食事は、体に大きな負担となっていました。
「高脂質な食べ物が多く、日本で当たり前に食べていた“体に合うごはん”がなかなかとれなくて…。炎症も疲労もなかなか抜けないんです」
スポーツ栄養の専門家から食べ方の重要性を学び、「食べ物は細胞を動かす“科学”なのだ」と意識するようになったといいます。遠征先には炊飯器を持ち込み、梅干しや鮭フレークのおにぎりをにぎることも。
「“日本のごはん”があるだけで、心も体も全然違いました。同じ練習量でも、食べ方で出せる力が変わることを実感しましたね」
こうして「食と体の関係」を理解していたからこそ、腸を壊したときも、自然と“食で整える”方向に意識が向いたと振り返ります。
腸のしくみを学ぶなかで、大河内さんが惹かれていったのが「発酵」。金沢の「金沢発酵食大学」に1年間通い、韓国の先生のもとで天然醸造を学び、全国の蔵元や麹屋を訪ね歩くようになります。
「味噌、醤油、みりん、お酢。日本の調味料って、全部“麹菌”が関わっているんですよね。麹菌は日本固有の“国菌”でもあって、世界のどこにも同じものは存在しません。それを知ったとき、『日本人の体にいちばん合うのは当然だ』と、ストンと腑に落ちたんです」

味噌をはじめに、醤油や醤(ひしお)、梅干しなどもすべて手づくり。
なかでも、大河内さんにとっての “最強の調味料”は味噌なんだそう。
「発酵の力で大豆の分子が小さくなって、栄養が吸収されやすくなるんです。女性にとってはイソフラボンが効率よくとれてホルモンバランスのサポートにもなるし、広島大学の研究では、放射性物質の排出を助ける“デトックス食材”でもあることがわかっています。味噌って、知れば知るほどすごい調味料なんですよ!」
昔の日本人には、更年期症状がほとんどなかったという背景に「発酵大豆の存在」があるのではないかと大河内さんは話します。
「昔の人は、おみそ汁や煮物を通して、毎日“ちょこっとずつ”発酵大豆をとっていたんです。肉や乳製品が少なくても、山を越えたり、重い荷物を運べたりしたのは、発酵調味料が支えていたからだと思います」

「味噌は塩分が心配……と思われがちですが、自然塩で発酵した味噌なら一杯のみそ汁で
過剰になることはありません。むしろ“取らないのはもったいない”ほどの力があります」と大河内さん。
大河内さんのキッチンには、仕込み中の味噌や、2年熟成させた味噌、生醤油、醤、梅シロップなど、さまざまな発酵食品が並んでいます。
「味噌は最低でも1年は寝かせたいですね。“1年後の自分のために仕込む”っていう感覚が、すごく好きなんです。2年熟成させると、旨みも香りもぐっと深くなって、栄養的にもいちばん充実している時期と言われています」




ふたを開けると、味噌の香りがふわり。壺、ホーロー、木樽など、さまざまな容器で仕込んだ大河内さんのお手製味噌。
醤油と味噌の“もと”になる、醤(ひしお)も見せていただきました。
「この醤を絞ると醤油になって、固形の部分は味噌のようにも使えます。ブレンダーでペーストにすれば、野菜に添えたり、ドレッシングにしたり、魚を漬けたりと本当に万能な発酵調味料なんです」

旨みが凝縮された「ひしお」。そのまま漉さずにお醤油の代わりに使っても。
さらに、梅の季節になると“梅しごと”も、暮らしを彩るお楽しみのひとつなのだそう。
「梅シロップや梅干しはもちろん、毎年いろいろ試作しています。今年はシナモンやクローブを加えた“クラフトコーラ風”の梅シロップもつくってみました。炭酸で割ると本当においしくて。自分の体に合う甘さでつくれるのも、手づくりならではですね」
味噌も、醤油も、醤も、梅しごとも。発酵はどれも「時間が育ててくれるもの」。大河内さんのキッチンそのものが、発酵のやさしさと豊かさで満ちています。




少しいびつな形も愛おしい。
自然農の梅で仕込む大河内さんの梅干しやシロップは、季節の香りがそのまま瓶に閉じこめられたよう。
本格的に発酵食を暮らしに取り入れて約10年。いま、大河内さんは50代半ばを迎えています。
「更年期症状はまったくなくて、むしろ30代より体力があるくらいなんです(笑)。もちろん個人差はありますが、“食で老い方を少し楽にできる”ことは、身をもって実感しています」
日本では「老い=つらいもの」というイメージが根強くあります。痛みや不調、動けなくなる不安……。だからこそ大河内さんは、元気なうちから“老い方”そのものをデザインしていきたいと話します。
「これから日本では、60代以上の人がさらに増えていきますよね。『年をとるのはつらい』ではなく、『年を重ねても軽やかでいられる』。そんな老い方を提案したいんです。そのために、発酵食の知恵はきっと力になってくれるはずだと思っています」



「発酵は、学べば学ぶほど発見がある世界」と話す大河内さん。
ぎっしり書き込まれたノートや本をめくるたびに、新しい気づきが生まれるのだそう。
インスタライブでの味噌づくりが好評だったことをきっかけに、大河内さんは対面での発酵教室もスタートさせました。
「うちの教室は、ちょっと“道場”みたいなんですよ(笑)。大豆はあらかじめ煮ておきますが、潰すのは全部手作業。みなさん汗だくになって、翌日筋肉痛になるくらいです」
それでも、自分の手で仕込んだ味噌には、特別な愛着がわきます。
「1年置いておいた樽を開けるとき、『どうなっているかな』って、本当にドキドキするんです。“育てる発酵”って、人生そのものが豊かになる感じがあって。“待つ時間”も含めて大事なプロセスなんですよね」
さらに教室では、味噌づくりだけでなく、発酵の仕組みや菌の働きを学ぶ“座学の時間”も大切にしています。
「発酵って、ただの料理のテクニックではなく、ちゃんと“科学”なんです。麹菌がどう働くのか、味噌がなぜ体にいいのか、どうやって腸を助けてくれるのか……。知ってから食べると、味がもっとおいしく感じられるんですよ!」

教室には、若いお母さんから未病を学ぶお医者さんまで、幅広い世代の方々が参加。
年齢も立場もさまざまな人が、肩を並べ発酵を学んでいます。
発酵を学ぶうちに、大河内さんは「麹」や「味噌」「醤油」を仕込む職人さんたちのもとにも足を運ぶようになりました。
「自分が醸す側になって教えるからには、その元になる麹や材料を、どんな人がどんな環境でつくっているのかを知らないといけないと思ったんです。現場に行くと、100年続く蔵元さんでさえ存続が危ういところが少なくないとわかってきました」

発酵を学ぶほどに、「職人さんの仕事の尊さに気づいた」、と話す大河内さん。
「ある醤油蔵の職人さんは、いちど外に出てから“父の醤油のすごさ”に気づき、農業大学に入り直して蔵を継いだそうです。そういう話を聞けば聞くほど、『この味と文化を次の世代につなげなきゃ』という気持ちが強くなりますね」
一方で、海外ではむしろ日本の発酵に興味を持つ人が増えているといいます。
「日本の若い人より、海外の人のほうが発酵に詳しいこともあります。日本の発酵をテーマにしたイベントを開くと、海外の参加者のほうが質問が多かったりして。だからこそ、わたしのような“間に立つ人”が必要だと思っています」
最後に、忙しい日々でも続けやすい発酵の取り入れ方を教えてもらいました。
「がんばって全部を変えなくていいんです。まずは“みそ汁一杯”からで大丈夫。味噌玉を冷蔵庫に入れておく、ぬか漬けを刻んで調味料代わりにする、醤をサラダに混ぜてみる……。塩の代わりに塩麹も手軽ですね。そんな“ちょこっと発酵”で十分、体は応えてくれます」
腸が整うと、心も整う。それを自分の体で経験しているからこそ、言葉にも説得力があります。
「発酵って、未来の自分へのプレゼントみたいなものだと思うんです。今日仕込んだ味噌が、1年後の自分を助けてくれる。今日のみそ汁一杯が、10年後の自分の元気につながっていく。そんなふうに思いながら、楽しんで続けてもらえたらうれしいですね」
発酵醸せ師/日本伝統発酵食文化伝統人
発酵醸せ師/日本伝統発酵食文化伝統人
女子栄養大学調理師課程およびイタリアICF専門調理学校を修了。40代で腸を壊した経験から発酵の道へ。味噌・醤油・梅しごとなど伝統的な発酵を学び、全国の蔵元を巡りながら、講座やオンラインを通して“続けられる発酵”を伝えている。