発酵でつながる、おいしい輪!「私の発酵“推し”美食」

Vol.24 自家製の「いしる」が隠し味!
荒木町の名店に教わる、焼き芋の極上おつまみ

2025/12/04

Vol.24 自家製の「いしる」が隠し味!荒木町の名店に教わる、焼き芋の極上おつまみ
Vol.24 自家製の「いしる」が隠し味!荒木町の名店に教わる、焼き芋の極上おつまみ

食にかかわるプロに、お気に入りの「推したい発酵食」を紹介いただく本連載。今回のゲストは、食通が足繁く通う四ツ谷・荒木町の名店「燗コーヒー藤々」の藤極武志(ふじきわたけし)さん、由衣(ゆい)さんご夫妻です。

ご紹介いただくのは武志さんイチオシ、焼き芋を使った一品。発酵の隠し味で、ねっとり甘い焼き芋を、日本酒がすすむ小粋なおつまみに仕上げます。冬の夜にちびりと一杯飲みたくなる、ご褒美レシピを召し上がれ。

主役をきらりと光らせる、発酵使いのさじ加減

おいしい香りにつられてのれんをくぐると、着物に割烹着姿の由衣さんがにこやかに迎えてくれる「燗コーヒー藤々」。ユニークな店名は、「お燗」「コーヒー」、そしてふたりの名字に連なる“藤”から生まれたものです。

「うちは、燗酒を楽しむ居酒屋と割烹の中間にあるようなお店ですが、彼女が淹れるコーヒーもまた看板メニューの一つ。ダジャレで缶コーヒーならぬ、燗コーヒーとつけました(笑)。そして藤々は、僕の旧姓の藤川と、彼女の藤極から。“藤”がふたりでふじふじ、です」

そうおちゃめに笑う武志さんは、実は前職がジュエリーデザイナーという異色の経歴の持ち主。料理はすべて独学だというから、驚きます。

「飲食業に転身してからは、燗酒を扱う居酒屋などで働いてきました。ずっとサービス担当で、料理はほとんど未経験。自分のお店を始めてから、好きな飲食店の味をイメージしながら、ぬか漬けをはじめ発酵を取り入れたメニューもいろいろと試してきました。

そして、最終的にしっくりきたのは、発酵を“前に出す”のではなく、ほんのり隠し味として効かせるような使い方。発酵食の特徴である酸味や独特の香りは控えめにしつつ、旨みをそっと底上げするようなアプローチが、うちには合っている気がしたんです」

2年ごとに作り続ける、自家製の「いしる」

「ふとしたきっかけから作り続けている発酵調味料が、いわしで作る魚醤。いしると言ったり、イタリアではコラトゥーラとも呼ばれます」

はじまりは、魚を仕入れている仲買人さんからの一言。「カタクチイワシ、いる?」と連絡をもらった瞬間、「いしるが作れるな! ピンときたんです」と武志さんは笑います。

いしる作りはそのときが初めて。とはいえ、「魚を丸ごと塩に漬け込むだけだから、難しいことは何もありません」と、なんとも豪快!

カタクチイワシをきれいに洗って水けをしっかり拭き取り、清潔な保存容器へ。そこに魚の1/3重量の塩を加えて密閉したら、あとはじっくり寝かせて発酵が進むのを待つだけです。内臓ごと漬け込むことで、消化酵素が魚の身をゆっくり分解し、時間とともに旨みが抽出されていきます。

「最初に作ったときは、使い道までは考えていなくて。とりあえずできたけど、しょっぱいし、仕込みたては魚臭さもある。何に使えるんだろうな、なんて思っていたんです。でも、だんだんと身が分解されて塩辛のような茶褐色になって、そこからさらに発酵と熟成が進むと、まろやかで雑味のない味わい、きれいな香りになっていく。これには本当に驚きました」

以来、藤々では、2年以上寝かせたものを使いながら、2年ごとに新たないしるを仕込むというサイクルを続けています。

5年以上熟成させ、丁寧に濾したもの。醤油のような深い墨色が美しい。

エタリの塩辛とあおさ発酵バターの焼き芋

澄んだ旨みが感じられる自家製のいしるは、お店のさまざまな料理を下支えする大切な存在です。

「香りもすばらしいので、だしで仕立てるジュレにほんの少し加えてもおいしい。イチオシは今年の新作。エタリの塩辛とあおさ発酵バターでいただく焼き芋です。食べた皆さんが驚いてくれる、自信作です」

  • [材料](作りやすい分量)
    発酵バター150g
    あおさ10g (水につけて戻したもの)
    いしる大さじ1/3
    ひとつまみ
    焼き芋適量
    エタリの塩辛(市販)適量

エタリとはカタクチイワシのこと。長崎県の「天洋丸」から取り寄せたエタリの塩辛を使用している。

  • [作り方]
    1.小鍋に発酵バターを入れて弱火にかける。ふつふつとしてきたら30分ほど混ぜながら2/3量になるまで煮詰め、フチが茶色く焦げてきたら火を止める。
    2.ボウルに①を入れ、水けをしっかりきったあおさを加え混ぜる。バターが冷え固まっている場合は、湯せんにかけながら混ぜる。
    3.いしる、塩を加えて混ぜ、クッキングシートを敷いたバットに流し、冷やし固める。
    4.焼き芋は3〜4cm厚さに切って皮を除き、エタリの塩辛をのせ、セルクルで抜いた③をのせる。

いしるの旨みと香り、まろやかな塩けが味の決め手。

いしるをしのばせたあおさ発酵バターは、バターのコクと旨み、磯の香りが一体に。そこに甘くねっとりした焼き芋と、塩辛の塩けや旨みが重なって、おいしさの余韻が広がります。

「発酵バターを煮詰めるのは、旨みを強く、後味をさらっと軽くするため。焦げる直前に火を止めるのがポイントです。シート状に固めたバターをセルクルで抜くのは、完全に僕の趣味(笑)。ご家庭なら、使う分だけポキポキ割ってもまったくかまいません」

選べる楽しさがある。多彩なメニューの理由

「燗コーヒー」の名のとおり、燗酒のラインアップも豊富。さらに、厨房を武志さん1人で切り盛りしているとは思えないほど多彩なメニューも、訪れる人を魅了してやみません。

「アラカルトでいろいろ頼めて、何度通っても飽きないお店にしたいな、と思っています。選択肢があるって、僕のなかではすごく大事なテーマなんです。やりたいこともいろいろあるから、どんどんメニューが増えて、メニュー表の文字は小さくなり続けています(笑)」

女将の由衣さんは、次々と新作メニューを生み出す武志さんを「アイデアマン」と評します。

「常に何かしら調べていて、そのたくさんの情報をまとめるのも上手だなと感じます」

お酒は、燗酒が中心。おつまみに合わせてお酒を選ぶのもまた楽しみです。

「うちで扱うお酒は、しっかりと発酵が進み、甘さが抑えられたものが多いですね。食事ともよく合うし、おいしいと感じるゾーンがやわらかくて広いイメージ。針の先のように計算しつくされた味わいより、ほっとくつろげる懐の深さが好きですね」

燗酒とコーヒーと発酵と

おなかと心が満たされたら、由衣さんが1杯ずつ丁寧に淹れるコーヒーで締めるのが藤々流。

「苦味の少ない、クリアな味わいのコーヒーを意識しています。だしの旨みやお燗のトーンがそのまま続いていくような、余韻を切らさない1杯にしたくて。食後の緑茶のようなイメージかもしれませんね。ほっと落ち着くやわらかな味わいは、和食にも意外なほどよく合って、心地よいハーモニーを生んでいます」

この日の豆は、エルサルバドル産。

多彩なメニューに変化と驚きと深みを与える発酵使い、するりと体になじむ燗酒、ふわりと広がるコーヒーの香り。そのどれもが自然に溶け合い、食べる楽しみ、飲む楽しみをやさしく包み込んでくれる。藤々には、そんな“おいしい時間”がゆったりと流れています。

次回は、阿佐ヶ谷の居酒屋「SUGAR Sake&Coffee」の佐藤健一さんにバトンを渡します。どうぞお楽しみに!

藤極武志(ふじきわたけし)さん

藤極武志(ふじきわたけし)さん

藤極武志(ふじきわたけし)さん

ジュエリーデザイナーから、27歳で飲食業にキャリアチェンジ。日本酒や燗酒を扱うお店でサービスの経験を積む。日本酒のイベントで由衣さんと出会い、結婚。2017年に夫婦で「燗コーヒー藤々」をオープン。料理を一手に担う。

藤極由衣(ふじきわゆい)さん

藤極由衣(ふじきわゆい)さん

藤極由衣(ふじきわゆい)さん

服部栄養専門学校を卒業後、バーやカフェなどでコーヒーを扱う仕事に携わる。「着付けのスキルを生かして働きたい」と、京懐石の老舗でのサービス経験も。藤々では、燗番とコーヒーを担当している。

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