発酵でつながる、おいしい輪!「私の発酵“推し”美食」
Vol.26 地味だからいい、気仙沼の郷土料理で一献。
「サケフク」高橋慎一さんの「あざら」
2026/02/12
Vol.26 地味だからいい、気仙沼の郷土料理で一献。「サケフク」高橋慎一さんの「あざら」
発酵でつながる、おいしい輪!「私の発酵“推し”美食」
2026/02/12
食にかかわるプロに、お気に入りの「推したい発酵食」を紹介いただく本連載。今回は、千葉県市川市の日本酒バー・居酒屋「サケフク」を訪ねます。
店主の高橋慎一(たかはししんいち)さんが推すのは、宮城県気仙沼地方に伝わる郷土料理「あざら」。初めて耳にする名に思わず身を乗り出しながら、発酵の奥深い世界へと足を踏み入れます。

あざらとは、白菜の古漬けと魚のあらを酒粕で煮る、素朴な料理。冬に漬け込んだ白菜漬けの発酵が進み、酸味が増してくる春ごろによく食べられていたといいます。
伝統的には、気仙沼で水揚げされるメヌケのあらが使われることが多いそうですが、今回はスーパーで手軽に買える鮭の中骨水煮缶を使ったレシピを教えていただきました。

サケフクでは、島根県の蔵元「扶桑鶴」から分けてもらった留粕を使用。
留粕とは、日本酒の仕込みの最後にできる、旨みの強い酒粕。
水分が多く、練り粕のようにやわらかいため、料理にもなじみやすいという特徴がある。
2 醤油、みりんで味をととのえ、ひと煮する。

焦げやすいので、火加減は弱火に。白菜漬けの塩分濃度に合わせ、仕上げの醤油とみりんは味見をして
少量ずつ加える。
「粕汁のように仕立てるレシピもありますが、僕は酒のつまみにしたいので、だしは少なめにして硬めに仕上げます」

「あざらって、宮城県出身のお客さんでも知らない人がいるくらい、気仙沼地方だけに伝わる料理みたいですね。名前になじみがないから、メニューリストのなかでもひっそりとしているけれど、興味をもって食べてくださったお客さんからは『あざら、お願い!』と、一番に指名されることも多いんですよ」
高橋さんとあざらの出合いは、仙台市の飲食店。知り合いが経営するお店のメニューに「あざら」の文字を見つけたのが最初でした。
「あざらには白菜の古漬けが使われると聞いたとき、子どものころの記憶が重なったんですよね」
あざらの根っこにあるのは、気仙沼らしい「もったいない」の知恵。冬にたくさん漬けた白菜が古漬けになるころ、魚のあらと酒粕で煮て、酸味を旨みに変える。その発想に、高橋さんは懐かしい風景を思い出したといいます。

白菜の漬物は自家製。重量の2.5〜3%の塩をまぶして漬けたもの。
「僕の両親は仙台の出身。じいちゃん、ばあちゃんの家では、お茶請けとしてお菓子と一緒にお新香も出てくるのが当たり前でした。そういう家で育った母は、自宅で漬物を漬けていたし、余った漬物を豚肉などと合わせてごま油で炒めて出してくれて。その記憶と、あざらという料理がつながったとき、ああ、なるほどって思ったんです」

あざらをカウンターに出しながら「映えないですよね」と、高橋さんはニヤリ。
「でも、全部がスター選手みたいなキラキラした料理では疲れてしまう。これはメインの脇にそっと置いておきたいタイプ。派手さはないけれど、しみじみ旨いのがいいんです」
材料も作り方もいたってシンプル。混ぜて煮るだけの手軽さで、見た目も素朴です。だからこそ、主役を引き立て、お酒を引き立て、酒場の時間に寄り添う一皿になるのでしょう。
「扶桑鶴の酒粕を使っているから、合わせるお酒も扶桑鶴のものにしましょうか。酒粕にも、お酒の個性が感じられます。扶桑鶴の酒粕は、やさしくてまろやか。僕は、グラタンや豚汁に隠し味として使ったりもします。ほんのちょっとで旨みがぐっと深まりますよ」
白菜漬けの酸味と旨み、酒粕のまろやかな香りがふわりと広がるあざらを一口。続いて熱燗を一口流し込めば、口のなかで酸味と甘みとが調和し、やわらかな余韻だけが残ります。

「あざらは、古漬けで作るからこそおいしいんですよね。食材を無駄にせず、すべていただく。そういう知恵や工夫って、だんだん忘れられつつあるけれど、とても大事なことだと思います」
さまざまな知恵や工夫は、手塩にかけて作る過程があるからこそ、生まれるものなのかもしれません。高橋さんは、自家製の白菜漬けを見せながら、漬け汁の活用方法も教えてくれました。
「漬物から上がってくる水は、もはやお酢。うちでは、この漬け汁でしめ鯖を仕込むし、ドレッシングにも使うし、それから砂糖を少し加えてひたし豆も作ります。保存性も高く、もちろん発酵の旨みもあるから、捨てるなんてもったいないでしょう?」

自家製の白菜漬け。上がってくる漬け汁もさまざまな料理に活用する。
サケフクのメニューは、2週間ほどで入れ替わるそう。こんなところにも、季節の食材を無駄なく、工夫して利用するという高橋さんの料理哲学が表れているのかもしれません。
「いや、飽きっぽいんですよ、僕(笑)。でも、いつ訪れても新しい料理があるのも楽しいかな、と思っています」

飲兵衛の心をくすぐるラインアップ。
次回は、東京・北千住のイタリアン「オステリア ルーチェ」にお邪魔します。どうぞお楽しみに。
東京都出身。都内で古民家居酒屋を営むグループでの修行を経て、2017年に「サケフク」を開店。オープンから8年余り、高橋さん曰く「大人の児童館みたいなお店」に。各地を旅しながら郷土料理を探求するのが、近年のライフワーク。
Instagram:@sakefuku