食の知恵に導かれ、伊豆大島へ

Vol.6 明日葉は島が誇る農作物。
持ちつ持たれつのいい関係。

2019/03/07

Vol.6 明日葉は島が誇る農作物。 持ちつ持たれつのいい関係。
Vol.6 明日葉は島が誇る農作物。 持ちつ持たれつのいい関係。

ほろ苦くて、いい香り。ハーブのような個性を持つ明日葉は、伊豆諸島に自生する日本固有の野草です。伊豆大島を訪れると、食卓に登場するのはもちろん、民家の庭先、港の脇、神社の境内、畑の周り…あちこちでたくましく葉を広げている姿を見かけます。きっとみなさん、その辺りでちょいと摘んで料理に使っているのだろうと思いきや、明日葉を畑で栽培している農家さんもいるのだとか。さぞ、ワイルドな畑だろうと思いきや、目の前に広がったのは、美しく繊細な明日葉天国でした。 

収穫作業はとても繊細

日当たりのよい斜面にある井村さんの明日葉畑。太陽に向かって葉を広げる姿がとても気持ちよさそうに見えます。

栄養を多く含む肥沃な土があるわけでもなく、水を貯めておける貯水池や大きな川もない。伊豆大島では、作物を育てることが思うままにいかないということは、これまでの連載で触れてきました。そんな畑事情を抱える伊豆大島で、たくましく自生しているのが明日葉です。

「東京で会社員をしていて、ちょうど退職するころ、伊豆大島で明日葉を育てないかと声がかかったの。そしたら夫が『やるっ!』って言って。もともと畑仕事が好きだったからね」

あっけらかんと話す、明日葉農家の井村和子さん。

もともと実家がサヤエンドウやお花を育てる農家だったから、畑はある。伊豆大島の農作物として明日葉栽培に力を入れようという周囲の後押しもある。同じ伊豆大島出身の夫はとても前向きで、一足先に伊豆大島に戻って畑仕事を始めた。やるしかない! そんな流れで明日葉農家になったのだと言います。

明日葉を栽培するってどんな感じだろう。あちこちに自生しているくらいだから、ほっといても育つのでは…? なんて少し高をくくっていたのですが、井村さんの話を聞くうちに、そんな思い込みは打ち砕かれていきます。

「明日葉は気温が低い冬は成長がゆっくりだけど、春になると成長が早くなって、摘んだ次の日には新しい芽が出始めて収穫に追われるの。収穫は計画的にしないと、伸びすぎて葉が硬くなってしまうからね。あと、芽を摘まないように気を付けなければダメ。雨の降らない時期は、毎日水やりも必要なんです」

午前中は収穫作業。長時間ヒザを付いて行う収穫作業は想像以上に大変です。また、春の最盛期には、袋詰めの作業が夜中の2〜3時まで続くことも!

明日葉栽培の相棒は、ハンノキ

明日葉畑を見渡すと、畝はあるもののとてもなだらか。明日葉は上にすくっと伸びるのではなく、ゆったりと茎と葉を広げています。畝の間の通路は、広がった葉でほとんど隠れた状態。そして所々に木が生えています。収穫作業をする井村さんは、地面にヒザをつき、明日葉を傷付けないよう、途中に生えている木をよけながら畝の間を進んでいきます。

思わず「あの木、ちょっと邪魔だな〜」と呟くと、すかさず井村さん。

「あれはハンノキ(ヤシャブシ)。明日葉がよく育つように植えてあるんです。落葉樹だから夏は葉が茂って木陰ができる、冬は葉が落ちて日当たりがよくなる。落ちた葉は自然の肥料になるし、夏は日差しに弱い明日葉を守ってくれるというわけ。それに根っこには根粒菌っていうのがあって、それが明日葉の生育にいいんだって」

根粒菌とは、土壌にいるバクテリアの一種。ハンノキや豆科の植物の根っこにある根粒というコブのような部分にたくさん住み着き、大気中の窒素を土壌に取り込み、アンモニアに変換して植物に供給する働きがあるそうです。窒素やアンモニアは、作物を育てるうえで大切な肥料となります。特にアンモニアを作るには、原料となる窒素に対して高圧、高温などの高エネルギーの化学処理が必要ですが、根粒菌は土の中にいながらこの作業をいとも簡単にこなしています。つまり、根粒菌は天然の肥料屋さんなのです。

明日葉はちょっとした空き地や家の脇にでも育ちますが、山のほうにいけばハンノキの近くで自生していることが多いようです。真っ直ぐに幹を伸ばすハンノキの林で、地面を覆うように青々とした明日葉が密生している様子はとても神秘的。この畑は、自然の共存をそのまま再現し、さらにより美味しい明日葉を育てるための手入れを尽くした、明日葉にとっては天国のような場所なのでしょう。

畑の真ん中にも榛の木が。地面にはハンノキの葉がたくさん落ちています。

ハンノキの根っこにあるコブが根粒菌の住処。根粒菌は豆科の植物の根っこにもたくさんいるそうです。もともとサヤエンドウを栽培していたこの畑には、根粒菌がたくさんいたのでしょう。今はハンノキと共生しています。

一般的には明日葉は3年経つと白くて小さい花をたくさん咲かせ、穀物のような種を付け、代替わりしていきますが、丁寧に手を加えている井村さんの畑では、もっと長生きするそう。

明日葉の味のもと、
健康パワーのもと『カルコン』とは?

「今日は明日葉料理を10品ぐらい作るからね!」と、収穫作業を続ける井村さん。作業はとても静かに進みます。畝の間にヒザをつき、片手に専用のハサミを持って明日葉を的確な場所でカット。もう片方の腕に摘み取った明日葉の束をどっさりと抱えていくのだから、どれほど神経と体力を使う作業なのかがわかります。見れば、井村さんの作業着は独特の汚れ方をしています。土の汚れではないような…。

「これは明日葉を切ったときに出る『カルコン』。洗っても取れなくてね、真っ黒になっちゃう」

『カルコン』なるものが付いた部分を触らせてもらうと、まるで松ヤニや糊のように固まっています。むむっ、『カルコン』って何だ? 

井村さんが見せてくれた明日葉の茎の断面を見ると、黄色い絵の具のような液体がプツプツと噴き出しています。少し舐めてみると…に、にがい! でも、すぐに明日葉特有のスッキリとした香りが追いかけてきます。これはまさに明日葉の味!

カルコンとは、明日葉特有のポリフェノールの一種。強い抗酸化作用があるのが特徴で、製薬会社、大学の教授、食品メーカーなどによるたくさんの医学論文が発表されています。そこに記されているのは、カルコンによる抗菌作用、抗潰瘍作用、胃酸分泌抑制作用、血液サラサラ作用、抗アレルギー作用、末梢血管拡張作用、血圧上昇抑制作用、抗糖尿病作用、メタボリックシンドローム予防…。多彩な働きに驚かされます。

今では明日葉青汁、明日葉茶、明日葉サプリなど、健康食品や医薬品にも広く用いられていますが、こうして健康のために活用されるのは、今に始まったことではないようです。

秦の始皇帝は、明日葉を不老長寿の薬草だと考え、手に入れるためにわざわざ日本に使いを送ったそう。また、中国では明朝時代に編集された薬草事典『本草綱目』に登場し、日本では江戸時代に貝原益軒によって作られた『大和本草』にも滋養強壮によい薬草として紹介されています。

明日葉の断面には真っ黄色のカルコンが。これが明日葉の味のもとであり、健康パワーのもとです

伊豆大島でも、明日葉にまつわる興味深い言い伝えが残っています。

1986年、全島民が避難する大噴火が起こり、灼熱の溶岩が森や畑を焼き尽くしたが、数カ月後、黒い溶岩から明日葉が芽を出した。これは明日葉の生命力の証である」

「火山灰で覆われ、かつては緑黄色野菜が栽培できなかった伊豆大島で、島民がビタミン不足や栄養失調に陥らなかったのは、島に自生する明日葉を日常的に食べていたからだと言われている」

「かつて伊豆大島には1日に75リットルもの乳を出した乳牛がいた。その乳牛は明日葉を食べていたことから、出産した女性は母乳の出をよくするために明日葉を多く食べるという習慣が生まれた」

「大島では明日葉のことを〝アシタボ〟と呼ぶ。これは明日葉の新芽が天を突く穂先に似ているから。その形と、明日葉を食べると精力が付くと信じられていたことから、明日葉に〝チンタチ草〟というユーモラスな別名もつけられた」

※参考「伊豆大島 地域資源情報集《詳細》」大島観光協会

穂を少しずつほぐしていくように育つ明日葉の新芽。この姿が〝アシタボ〟と呼ばれる所以。

明日葉料理の基本は、茹でること

さて、いよいよ井村さんによる明日葉料理の時間です。

「お浸し、あえ物2種類、定番の明日葉炒め、かき揚げ、炒飯、肉巻き、お吸い物、ドーナッツ。さあ、作るよ! まずはお湯を沸かして、茹でるから」

井村さんの掛け声とともに、料理がスタート。井村さんは、伊豆大島の明日葉の美味しさを広く知ってもらうために、出張試食会や島で学校給食を作る栄養士さんに、オリジナル料理を教えるなどの活動をしている明日葉料理の伝道師です。

「明日葉は、まず茹でる! たっぷりとお湯を沸かして、4〜5分ぐらい茹でるの。時間は目安。明日葉は、茎より葉のほうが硬いことがあるから、軸だけじゃなく葉も触ってみていい頃合いを見極めて」

茹で上げた明日葉は冷水によくさらしてから水気をよく絞ります。1束ずつ輪ゴムで縛ったまま茹でれば、茎と葉を分けるのも簡単。茎だけを使った美しいお浸しもラクラクできるというわけです。

茎のお浸しは昆布つゆに赤い島唐辛子を加えておけば、おつまみにもおかずにも。ツナとマヨネーズを加えたあえ物は子どもも大好きな味。ごまだれを加えて混ぜるだけのごま和えも、ごはんと相性抜群です!

「茹でた明日葉を刻んでまずは炒めます。そこに、おかかと昆布つゆを加えて鍋で炒りつけて、最後に島海苔を加えて火を止めるの。これは私の定番! 出荷できないはねだしの明日葉を使って、たっぷり作って皆に配ると、すごく喜ばれる。ほら、ごはんに合うでしょ? これが冷蔵庫にあるとチャーハンもすぐできる。ごはんと一緒に炒めるだけ。はい、チャーハンできたよ!」

いただいてみると、明日葉らしさを残しつつも苦みも香りも穏やか。島海苔の風味がいいアクセントとなり、箸が止まりません。

明日葉とおかか、島海苔をいりつけた、明日葉炒めは井村家の定番。これに刻んだハムと卵、ごはんを加えて炒めれば、明日葉チャーハンの完成。冷蔵庫にあったマグロのタタキ身をスプーンで落とし入れた、明日葉のつみれ汁は、明日葉の香りが心地よい。

「天ぷらやかき揚げには生の明日葉を使います。今日は刻んでサツマイモとかき揚げに。どう、美味しい?」と、井村さん。揚げたてをいただくと、ホクホクのさつまいもの甘みとともに、明日葉のスッキリとした香りがふわりと広がります。優しくて飽きない味。おやつにもぴったりです。

サツマイモの甘みと明日葉のスッキリ感が絶妙のかき揚げ。ホットケーキミックスに茹でてすり鉢でつぶした明日葉の葉を混ぜ、油で揚げると…ハーブのような香りで、色鮮やかなドーナッツに変身!

「子どもたちが帰省すると、必ず明日葉料理をリクエストされるんです。息子は『明日葉のケーキ作って』って言うし、お嫁さんはうちの定番の明日葉炒めをお土産に欲しいって。娘はチャーハン作ってって言うね。みんな明日葉が大好き。私は、毎日毎日明日葉を作っているから飽きちゃって、あまり食べないけれど、皆が『美味しい』と言ってくれるから、どんなに忙しくてもせっせと明日葉料理を作るんです」。

ちょっと照れ屋な井村さんは、困った風に話しますが、とっても喜んでいるのが伝わってきます。

肉巻き明日葉も絶品! 明日葉はお肉とも相性抜群です。

暮らしの変化によって迎えた明日葉の危機

「明日葉の本当の美味しさを知らない人もまだまだ多いんです。葉が硬いとか、匂いが気になるとか言う人もいるけど、それはちゃんと育てた明日葉を上手に料理していないからだと思う。私が育てた明日葉を、ちゃんと茹でて料理に使ってみてくれたら、美味しさがわかってもらえるはずなのよ!」と、力強く話す井村さん。

明日葉は、今も島のあちこちに自生していますが、時代の変化とともに危機を迎えたこともあったそうです。薪炭を使う暮らしから電気やガスを使う暮らしに変化するとともに、山の樹木の手入れをする人が減りました。人の出入りが急激に減った山から、明日葉の種子の拡散量が減り、それまで当たり前のように町角で育っていた明日葉が姿を消し始め、山にあるハンノキの周りでしか見られなくなっていったのだとか。

目まぐるしく変化する暮らしに紛れて、見逃されてしまいそうだった自然の異変。そのサインを出していたのが明日葉だったのです。井村さんを始めとする明日葉農家さんたちの努力と情熱には、島の暮らしとともに生き、島の人々の食を支えてきた明日葉を守りたいという思いが込められている。そう思わずにはいられません。

明日葉は、伊豆諸島が誇るたのもしい農作物。
皆が美味しく食べることで、明日葉も島の人も元気になれる、
持ちつ持たれつのいい関係。

そう、明日葉は、島でともに生きるステキな仲間なのです。

井村さんが育てた明日葉は、柔らかくて食べやすい! 手を掛けて育てたからこその美味しさです。

●伊豆大島へのアクセス
東京竹芝桟橋から高速ジェット船で1時間45分~、または夜行大型客船で6時間~。
その他、神奈川県横浜港、久里浜港、静岡県熱海港、伊東港等からの船便もあり。

東海汽船 TEL:03-5472-9999 または 0570-005710
URL:https://www.tokaikisen.co.jp/

2019年127日~324日までは毎年恒例の伊豆大島椿まつりが開催中
URL:https://www.tokaikisen.co.jp/tsubaki_festival/ 

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