ゆたかな暮らしの歳時記

美しい月を愛で、収穫を祝う。
平安時代から人々を魅了した「中秋の名月」

2023/09/21

美しい月を愛で、収穫を祝う。平安時代から人々を魅了した「中秋の名月」
美しい月を愛で、収穫を祝う。平安時代から人々を魅了した「中秋の名月」

ススキとお団子を飾り、月見を楽しみながら、少し暑さが和らいだ秋風に吹かれる。「十五夜」、「中秋の名月」ときくと、多くの人がこうした情景を思い浮かべるかもしれません。こうした風習は、時代や地域によってどのように変化してきたのでしょうか。食文化研究家の清絢(きよしあや)さんに教えてもらいました。

地域ごとに形を変える
月見団子や季節のお供物

中秋の名月の日には、ススキを飾り月見団子を楽しんだり、夜空を眺め「きれいだなぁ」とうっとりしたことがある人も多いのではないでしょうか。しかし、この日にはどのような意味があり、どう過ごす日なのか、あまり知らないという人もいるかもしれません。まずは、清さんに中秋の名月とはいつなのか、人々にどのように親しまれてきたのか聞きました。

「中秋の名月は、旧暦の8月15日の夜に見える月のことです。今でも旧暦に合わせて行われる数少ない行事のひとつですね。『十五夜』や『芋名月』とも呼ばれています。満月の日だと思われがちですが、暦により少しずれて満月でない年もあります。中国で唐の時代に盛んになった『中秋節』が平安時代に日本に伝わり、貴族たちが月を愛でたり、歌を詠んだりして過ごす日になりました」

中国の中秋節は春節(旧正月)に次ぐ祭日で、中国では祝日となっています。団欒節(だんらんせつ)とも呼ばれるように家族で集うのが伝統的な過ごし方で、ケイトウの花や瓜・果物、月餅などを供えて、月を眺めるのが伝統的な過ごし方です。

『江戸風俗東錦絵』「東都名所遊観 葉月高輪 月見団子」に描かれた江戸時代の月見の様子。
(国立国会図書館デジタルコレクションより)

日本で中秋の名月が広く一般にまで楽しまれるようになったのは、江戸時代のことになります。

「江戸時代になると、人々が十五夜に月見団子を供えるようになりました。丸いお団子を15個積み上げるように供え、そのかたわらにススキを飾るのがよく知られていますが、これはもともと江戸を中心とした風習でした。関西では、里芋を模した形のお団子に餡を巻きつけたような月見団子を見る機会が多いのではないでしょうか。今では全国的にススキを飾るのが主流となっていますが、古くは萩の花を飾ることが多かったようです」

『守貞謾稿』には、江戸では丸餅を、京阪では小芋形の団子を飾ると記されている。
(国立国会図書館デジタルコレクションより)

中秋の名月の頃といえば、ちょうど秋の収穫の季節。農村部では、里芋をはじめ、秋の収穫物を供える地方も多いそうです。

「里芋は、日本に稲作が伝わる前から日本人が食していた大切な食物で、古くから大切にされてきました。そのため、この季節に収穫される里芋や、里芋を模したお団子を飾る風習が生まれたようです。中秋の名月に『芋名月』という別名があるのもこのためです。

ほかにも、地域性はさまざまありますが、静岡県のほうでは『へそ団子・へそ餅』がよく知られています。丸くて、真ん中をぎゅっと凹ませているのが特徴です。
また、沖縄では、『フチャギ』と呼ばれるお餅に小豆をまぶしたお菓子を見ることができます」

静岡県の「へそ団子」

沖縄や九州の一部では、食べ物だけでなく、独自の風習も残っています。

「旧暦の8月15日、中秋の名月の日の祭りとして、沖縄の大綱引きが有名です。東西にわかれて大きな綱を引き合うのですが、それによって災難から逃れるという言い伝えがあったり、その年を占う意味合いもあるそうです。今では、那覇市や糸満市などで開催される大綱引きを見るために、多くの人が観光に訪れるなど、大きなお祭りとなっています」

「お月見どろぼう」「片見月」
秋の夜長をさまざまに楽しんだ先人たち

十五夜のお月見の約1カ月後、旧暦913日に「十三夜」を楽しむ風習もあります。始まりは平安時代とされ、中国に由来する中秋の名月とは異なり日本独自の風習です。

「十三夜は、中秋の名月である十五夜と対をなすといわれています。十五夜が『芋名月』と呼ばれるのに対し、十三夜は栗や豆の収穫時期であることから『栗名月』『豆名月』と呼ばれることもあります。十三夜も十五夜と同様に、月見団子、季節の実りである栗や大豆、果物などを月にお供えします。
十五夜、十三夜のどちらかだけを見ることを片見月(かたみつき)などと呼び、両方の月を同じ場所で見ると縁起が良いとされてきました。江戸時代の吉原遊郭では、十五夜に訪れた客に、「片見月では縁起が悪いから」と言って、十三夜にも再訪することをしきりと促したそうですよ」

また、一部の地域を除き、今では見ることができなくなった風習に『団子差し(団子突き)』があると、清さん。

「『団子差し』とは、中秋の名月の日に供えたお団子を子どもたちがこっそり盗んだり、もらい歩いたりするという風習です。「お月見どろぼう」なんて呼ばれることも。始まった時期は詳しくはわかってはいませんが、江戸時代から昭和初期まで行われていたようです。子どもたちは、長い棒などで縁側に備えてある月見団子を突き差して盗むなどし、家の人はそれを見ないふりをします。子どもたちがお団子を持っていってくれるほうが、縁起が良いとされ、お月見の夜の楽しいイベントの一つだったようです」

2023年の中秋の名月、十五夜は929日。十三夜は1027日です。「さまざまな形で、先人たちは秋の夜長を楽しんできました。暑い夏が過ぎ、秋の実りの季節を迎えたことを皆で喜び祝いながら、私たちも月を見上げる豊かさを味わいたいですね」と清さんは話してくれました。

清 絢 (きよし あや)さん

食文化研究家

清 絢 (きよし あや)さん

食文化研究家

清 絢 (きよし あや)さん

専門は食文化史、行事食、郷土食。主な著書に『和食手帖』(共著、思文閣出版)、 『ふるさとの食べもの』(共著、思文閣出版)、『食の地図』(帝国書院)など。近著に『日本を味わう 366日の旬のもの図鑑』(淡交社)がある。一般社団法人和食文化国民会議 幹事。農林水産省、文化庁、観光庁などの食文化関連事業の委員を務める。

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