発酵を探しに沖縄へ
“生きる知恵”を、沖縄の食卓へ
野草と発酵が紡ぐ、ヤソウカフェ15年の物語
2026/09/10
発酵を探しに沖縄へ
2026/09/10
沖縄市の住宅街にひっそりと佇むヤソウカフェ。一歩足を踏み入れると、庭には季節の野草がのびやかに育ち、店内には味噌や塩糀、醤油糀など、手間をかけて仕込まれた発酵調味料が並んでいます。ここで味わえる料理の多くは、沖縄の大地が育んだ食材を使ったもの。薪窯で炊き上げた玄米、削りたてのかつお節と自家製味噌でいただく沖縄の昔ながらの汁物「カチューユー」など、どこか懐かしく、体の奥からほっとする味わいが広がります。店主の加藤律子(かとうりつこ)さんにお話を伺いました。
「特別なことをしている感覚はないんです。私にとっては、昔から家で続けてきた当たり前のことなんですよ」
そう話すのは、ヤソウカフェ店主の律子さん。彼女が大切にしているのは、祖母から受け継いだ“暮らしの知恵”です。発酵も、野草も、食材を無駄なく生かすことも、すべては自然と寄り添いながら生きてきた先人たちの知恵。その記憶を、沖縄の地で丁寧につないでいます。

発酵との出会いは、福島の山深い土地で暮らしていた祖母の存在でした。
「祖母は大正生まれで、学校には通っていませんでした。そのため文字を書くことはできず、すべて口伝えで教えてくれました。日々の暮らしの中で必要なことをすべて知っていたんですよ」
米や麦、大豆を育て、味噌や醤油を仕込む。冬になれば家の中で糀を育て、季節ごとの仕事を丁寧にこなす。祖母は、知識として教えるのではなく、日々の営みを通して生きる術を伝えてくれました。
「“こうすると、こうなる”ということは分かっていたんです。でも、なぜそうなるのか、その理由をもっと知りたいと思いました」
その探究心が、発酵を深く学ぶきっかけになりました。沖縄へ移住した後、祖母から分けてもらっていた味噌が手に入らなくなり、自分でつくることを決意。帰省するたびに祖母から教わりながら、沖縄の気候に合わせた仕込み方を模索しました。
「福島と沖縄では、温度も湿度もまったく違います。最初は失敗の連続でした。でも何年も続けるうちに、糀の状態を手で感じられるようになりました」
現在では、10年以上にわたり沖縄で糀を仕込み続けています。

有機美容発酵食品マイスター、発酵食健康アドバイザー資格を持つ律子さん。
「ただ勉強が楽しくて好きでとっただけなんです(笑)」
ヤソウカフェでは、味噌づくりのワークショップも長年開催しています。発酵の主役である糀は、目には見えないけれど確かに生きている存在。気温や湿度によって表情を変え、その時々で向き合い方も変わります。
「糀をつくるとき、“もう少し頑張ってね”って声をかけることがあります(笑)。温度が足りなければ湯たんぽを入れたり、上がりすぎたら冷ましたり。どこまで手をかけるか、その見極めが大切なんです」

その姿は、子育てにも似ているといいます。
「手をかけすぎてもいけないし、見守ることも必要。糀も子どもも、自分自身の力で育つ時間があるんですよね。同じ材料、同じ環境で仕込んでも、つくる人によって味が変わる。それこそが発酵の奥深さです。家族げんかをした時につくった味噌は”いつもと味が違った”と話す方も。発酵は、本当に生きているんだと思います」

ヤソウカフェの発酵ランチは、約90%以上が沖縄県産の食材でつくられています。
アグー豚、やんばる鶏、沖縄の旬野菜、県産の塩、そして自家製の発酵調味料。その時期に一番おいしいものを届けるため、料理の内容は日々変わります。
「魚も漁師の友人から、“今日獲れたけど買う?”と連絡が来て、神経締めされた新鮮な魚が届くこともあります」
決まったメニューを大量につくるのではなく、その日に出会った食材と向き合い、一皿に仕上げる。それが、ヤソウカフェの魅力です。

1日5食限定で提供しているこだわりの発酵ランチ。
「羽釜で炊いた無農薬の玄米ごはんと削りたてのかつおぶしを、自家製玄米味噌でつくった沖縄のみそ汁、カチューユーと一緒に味わってもらいたい発酵プレートです。奥から、沖縄・浜比嘉島の塩と今帰仁村で自然栽培された梅でつくった自家製梅干し、にんじんの塩糀ナムル、やんばる茹で鶏の醤油糀。EMの結(ゆい)のエビには、自家製マヨネーズに味噌を加えたナッツソースを、あぐー豚には大葉の醤油糀ソースを使っています。また、ローゼル酵素を使ったサラダに加え、真ん中には塩糀バーニャカウダを配置し、野菜も盛りだくさんにしています。」
季節によって変化する野菜は、発酵の力を借りて保存食へ。冬には冬の味、夏には夏の味を楽しめるよう、昔ながらの知恵を取り入れています。1日5食限定にしているのも、一皿一皿に心を込めたいという思いからです。
店名にも込められている「野草」への思い。
その始まりは、庭に自然と生えていた植物でした。
「近所の子が、“これ食べられるよ”と教えてくれたんです。半信半疑で食べてみたら、とてもおいしくて。そこから、身近にある野草について少しずつ調べ始めました。昔の沖縄では、野草は食材であり、時には暮らしを支える知恵でもありました。しかし便利な生活の中で、そうした知識は少しずつ失われつつあります。知らないより、知っていた方がいいと思うんです。子どものちょっとした不調やけがに、”そういえば、あの草が使えるかもしれない”と思い出してもらえたら。ヤソウカフェという名前には、そんな自然とともに暮らす知恵を未来へ残したいという願いが込められています」

代表的なメニューは「野草のマルゲリータ」。生地に沖縄の野草を使ったペーストを練り込み、その上に
自家製トマトソース、季節の野草を数種類ブレンドした野草ペースト、無添加の生乳100%チーズを合わせている。
野草の香りや力強さを感じながらも、子どもでも食べやすい優しい味わいに仕上げられている。

ピザのおいしさを支えているのが、庭にある手づくりの石窯。注文を受けてから一枚ずつ裕二(ゆうじ)さんが仕込み、薪火で焼き上げることで、生地の表面は香ばしく、中はもちっとした食感に。
そして2011年、自宅の一部を改装して始まったヤソウカフェ。当時、子ども連れで安心して過ごせる場所はまだ多くありませんでした。
「子どもが騒ぐたびに謝らなければいけないようなお店ではなく、お母さんも子どもも安心できる場所をつくりたかったんです」

その思いは今、さらに広がっています。食を通じたコミュニケーションづくりや、企業向けのチームビルディング、料理を囲みながら交流する場づくりなど、食の力で人と人を結ぶ活動にも取り組んでいます。
「食べること、つくることは、誰もが一緒にできること。“おいしいね”と言い合える瞬間が、人と人をつないでくれると思っています。目指しているのは、未来の子どもたちが安心して暮らせる社会。娘が大きくなった時に、少しでも優しい世の中になっていたらいい。そのために、今できる小さなことを続けていきたいんです」

祖母から受け継いだ味噌づくりの知恵。沖縄の自然が育む野草や食材。そして、食を通じて生まれる人とのつながり。ヤソウカフェは、昔ながらの暮らしの知恵を未来へ手渡す、沖縄の小さな発酵の拠点なのです。
Instagram: https://www.instagram.com/yasoucafe_yamacha/