発酵でつながる、おいしい輪!「私の発酵“推し”美食」

Vol.33 おなじみの料理を、
発酵の力で見たことのない一皿に。
enso hanare藤井匠さんの「発酵ぶり大根」

2026/09/03

Vol.33 おなじみの料理を、発酵の力で見たことのない一皿に。enso hanare藤井匠さんの「発酵ぶり大根」
Vol.33 おなじみの料理を、発酵の力で見たことのない一皿に。enso hanare藤井匠さんの「発酵ぶり大根」

食に関わるプロフェッショナルが“推す”発酵食。今回、お話を伺うのは、敏感肌向けコスメブランドOSAJI(オサジ)が展開するレストラン「enso hanare(エンソウハナレ)」でシェフを務める、藤井匠(ふじいたくみ)さんです。

その並々ならぬ発酵愛と探究心により、周囲から「発酵王子」「発酵マニア」、はたまた「発酵の変態」とも呼ばれる藤井さん。その“推し”は、ぶり、大根おろし、塩を合わせて発酵させた「発酵ぶり大根」という、一筋縄ではいかない、驚きの発酵食でした。

おなじみの料理を分解し、発酵で再構築する、藤井さんのディープな世界へ案内します。

“発酵の店”と呼ばれて見つけた、自分だけの料理

鎌倉駅からまっすぐに伸びる一本道を歩いていくと、出窓にいくつもの保存瓶が並ぶ店が目に入ります。ここは「enso hanare」。2025年夏、建物の老朽化のために惜しまれながらも閉店した「enso」が、2026年秋、新たな場所で再始動します。

enso hanare」を手がけるのは、スキンケアで有名なOSAJI。肌の健康には、外からのケアだけでなく、心の安定や食も大切だという考えから、飲食事業を展開しています。

「ensoという店名には、いくつかの想いを込めていますが、その一つが“演奏”です。楽器を演奏するときには、音程を合わせたり調律したりしますね。同じように、心の安定や幸せをチューニングするような場所になったらいいな、と思っているんです」

前店がオープンしたのは約4年前。当初は、発酵料理の専門店として始まったわけではありません。「発酵のお店」「発酵料理がすばらしかった」、そうしたゲストの声を耳にし、藤井さんは自分の料理の強みに気づくことになります。

「本格的なフランス料理を極めているかといったら、そうでもない。だったらそれは諦めて、自分にしかできないことはなんだろう?と考えたんです。自家製の発酵食材を仕込み、ここでしか味わえない一皿を作る。それが今の自分のアイデンティティになっています」

発酵とは?発酵の「なぜ?」を追い続ける

ずらりと並ぶ、自家製の発酵食材。

1年に及ぶ休業期間中も、藤井さんの発酵への探究が止まることはありませんでした。前店から育て続けてきたものに、休業中に新たに仕込んだものが加わり、自家製の発酵食材は100種類を超えるといいます。

野菜や豆、果物はもちろん、魚や肉、牛乳まで。窓辺にずらりと並ぶ瓶の数々は、まるで発酵の実験室です。その数と発想の幅に、思わず圧倒されます。

「調理場にいるだけでは、目に見えない世界で何が起こっているのかわからないんですよね。発酵すると、甘みと旨みが増す。それは五感で感じとれるけれど、僕が知りたいのは、なぜそうなるのかということ。発酵の原理がわかれば、別の食材にも発想を広げられます」

いか、しらす、スモークサーモンなど、魚介系の発酵食材が並ぶ一角。

発酵に関する書籍や論文にもあたり、微生物や酵素の働きを確かめながら、食材ごとに発酵の可能性を探っていく藤井さん。

「本当に発酵しているのか」
「どんな微生物や酵素が働いているのか」
「それらは何を栄養にして、食材にどんな変化をもたらすのか」

一つひとつの現象について原理に立ち返り、そこで得た理解を、次の発酵や料理へとつなげていく。その探究の積み重ねが、100種類を超える自家製の発酵食材を生み出しているのです。

2~3年かけて育てる、煮込まない「ぶり大根」

そんな藤井さんが “推し”として紹介してくれたのが「発酵ぶり大根」です。

「ぶり大根」と聞いて思い浮かべるのは、ぶりと大根を甘辛く煮込んだ冬の定番料理。しかし、藤井さんの「発酵ぶり大根」には、煮込んだぶりも、煮汁をたっぷり含んだ大根も見当たりません。

発酵ぶり大根の作り方

  • [材料](作りやすい分量)
    ぶりの身と内臓1000g
    大根おろし200g
    全体重量の15%
  • [作り方]
    1.ぶりは頭を落として3枚におろし、きれいに洗い、しっかりと水けをふきとる。骨とひれ、皮を除き、身をこまかく刻む。内臓は取り分けておく。
    2.清潔な密閉保存瓶に①のぶりの身と内臓、大根おろし、塩を入れ、全体をよく混ぜる。
    3.表面にラップをぴったりと密着させ、空気にふれにくい状態にして蓋をする。直射日光を避けた風通しのよい場所に置き、2〜3年かけて発酵・熟成させる。
    ※生の魚介類と内臓を使う長期発酵には、徹底した衛生管理が不可欠です。カビや腐敗臭など異常が認められる場合は、食べずに廃棄してください。

発酵が進むにつれ、内臓に含まれる酵素などの働きによって、ぶりのたんぱく質が分解。次第に味噌のようなペースト状になり、深い旨みが生まれてきます。

「発酵魚というと、独特の香りやクセのある味わいをイメージされる方が多いかもしれません。でも、この『発酵ぶり大根』には生臭さも、強い酸味やクセのある香りもない。それでいて、ふわっとぶりの旨みが広がって、ほのかに大根のさわやかな甘みも感じられる。たんぱく質がこまかく分解されているから、お湯を注いでも固まらず、味噌のようにすーっと溶けるんです」

「発酵ぶり大根」にお湯を注げば、これだけで風味豊かなみそ汁に。

記憶のなかの「ぶり大根」を、新しい一皿に

「ぶり大根という料理から着想を得たのが、ぶりと大根おろしを合わせて発酵させるというアイデア。僕にとって、その発想自体は自然なものでした。ただ、でき上がった『発酵ぶり大根』という調味料を、どのように料理に生かしていくのか。そこにはまた別の難しさがあります」

藤井さんが考えたのは、ぶり大根らしさを構成する要素を、一つひとつ取り出して捉え直すことでした。甘辛い煮汁を含んだ大根、ぶり、添えられる薬味。昔ながらのぶり大根を思い浮かべたときに欠かせない味や香りを、大根やぶりのだし、「発酵ぶり大根」を軸に、まったく新しいぶり大根へ再構築させました。

ぶりの姿は見えないけれど、その旨みは確かに感じられる、藤井さんの「ぶり大根」。

淡いあめ色に染まった厚切りの大根には、ぶりの骨からとっただしと、「発酵ぶり大根」の旨みをじっくりと含ませています。花びらのようにやさしく重なるのは、鮮やかな赤大根を発酵させてから乾燥させたもの。しょうがとゆずを効かせただしにつけ込んでもどし、ポリポリとした食感と香りが楽しいアクセントに。皿に広がる赤紫色のソースは、ローストした赤大根をぶりのだしと合わせて仕立てています。

「発酵ぶり大根には、ぶりと大根が入っている。それを肉料理に使うのは、ちょっと違う気がするんです。食材の組み合わせにも、必然性や一貫性が欲しい。記憶のなかにあるぶり大根でありながらも、まったく新しいぶり大根。そんな一皿を目指しました」

発酵が、食材に物語を与える

enso hanareでは、食べることで心も体もととのうような料理を提供していきたいと思っています。満腹になっても、胃が軽いと感じられる食体験をしてもらえたらと思うんです」

藤井さんの料理の主役は、鎌倉で採れる新鮮な野菜や魚介類。フォアグラやキャビアのような高級食材は登場しません。けれど、その身近な食材にかける時間と手間は、家庭料理とは一線を画しています。ゆっくりと時間をかけて変化していく自家製の発酵食材は、その代表です。

「ただ、自家製の発酵食材を使うことだけを目的とした料理にはしたくなくて。“なんだかよくわからないけれど、なんとなくおいしい”ではなく、『ぶり大根』『コーンポタージュ』『にんじんのステーキ』というように、名前を聞けば、食べる人が共通のイメージを持てる料理にしたいんです。それでいて、実際には誰も見たことのないような作り方のなかに、発酵が深く関わっている。そんな料理を作っていきたいと思っています」

かつて、発酵食材の保存瓶に貼っていた手描きのラベル。食材の組み合わせやストーリーが遊び心たっぷりに表現される。

たとえば、とうもろこしを発酵させて作るアイスクリーム。とうもろこしのでんぷんを発酵の力で甘みに変えていくことで、砂糖や乳製品をいっさい使わずに、なめらかな口当たりと濃厚な甘み、フレッシュな香りを閉じ込めます。

たとえば、初夏に仕込んだ初鰹の発酵ペーストに、秋の新鮮な戻り鰹を合わせる一皿。発酵によって異なる季節を一皿に出合わせ、時間の重なりを味わう料理にすることもできます。

発酵は、素材の味や形を変えるだけではありません。時間を蓄え、季節をまたぎ、見慣れた料理に新しい物語を与えていく。藤井さんの料理には、そんな発酵の力が息づいています。

次回、藤井さんからのバトンは、東京・蒲田の一軒家フレンチ「MAISON OLINA」へ。シェフのオリヴィエ・ガルシアさんとマダムの髙遠菜都子さんが推す発酵食を、どうぞお楽しみに!

藤井匠(ふじいたくみ)さん

藤井匠(ふじいたくみ)さん

藤井匠(ふじいたくみ)さん

東京都生まれ。中央大学心理学専攻卒業後、都内のホテルやイタリアン、フレンチで料理の基礎を学ぶ。南青山INTERSECT BY LEXUS TOKYOスーシェフ、代々木上原WE ARE THE FARMグループ全店の総料理長、六本木bricolagebread & co.ヘッドシェフを経て、2022年、OSAJIが鎌倉に展開する「enso」のヘッドシェフに就任。

enso hanare

住所:
神奈川県鎌倉市佐助1-12-10
定休日:
水・木曜日

Instagram:@enso_hanare@takumifujii
2026年10月16日オープン予定

「発酵でつながる、おいしい輪!「私の発酵“推し”美食」」の他の記事を読む

To Top

このサイトについて

https://www.marukome.co.jp/marukome_omiso/hakkoubishoku/
お気に入りに登録しました