発酵でつながる、おいしい輪!「私の発酵“推し”美食」
Vol.29 旨みがじんわり広がる「こんかいわし」に夢中。
29Rôtie江澤雅俊さんがほれ込む発酵の包容力
2026/05/14
Vol.29 旨みがじんわり広がる「こんかいわし」に夢中。29Rôtie江澤雅俊さんがほれ込む発酵の包容力
発酵でつながる、おいしい輪!「私の発酵“推し”美食」
2026/05/14
東京・大塚にある大人の居酒屋「29Rôtie(ニッキューロティ)」。店主の江澤雅俊(えざわまさとし)さんが推す発酵食は、富山県氷見市でつくられる「こんかいわし」です。こんかいわしは北陸地方で親しまれてきた魚のぬか漬けで、日本酒との相性も抜群。なかでも江澤さんがほれ込んで取り寄せている逸品は、まろやかな塩味と深いコクが絶品だと言います。さらに発酵食には、食材同士をやわらかくつなぎ、味わい全体を心地よくまとめる力があるとも。
こんかいわしを入り口に、発酵食品がもたらす包容力と表現力を探ります。

富山県氷見市の水産加工会社、柿太水産の「こんかいわし」。
氷見港で水揚げされるいわしを塩漬けし、ぬか床でじっくり熟成させる。
「こんか」とは、北陸地方の言葉で“米ぬか”を指す方言。北陸地方で豊富に手に入る新鮮な魚をぬか漬けにしたものが、こんか漬けです。福井県などでは「へしこ」とも呼ばれます。そんな魚のぬか漬けが、江澤さんの推し発酵食。なかでも、富山県氷見市の柿太水産から取り寄せる「こんかいわし」にほれ込んでいるといいます。
「店を構えるずっと前から、お酒のあてとして『へしこ』には興味がありました。いざ自分の店を開くとなったとき、実際にお出しするつまみとして納得できるものを探そうと、いろいろ取り寄せては食べ比べ、最後に出合ったのが、柿太水産のもの。びっくりするくらいおいしくて、まさに自分の好みど真ん中。もうこれしかない、と思いました」
まろやかな塩味と、ぬか漬けならではの深いコクにやわらかな酸味。江澤さんが「世界一」と太鼓判を押すこの一品は、29Rôtieの人気の一皿にもつながっています。

29Rôtieの隠れた人気メニューが、こんかいわしを使った「世界一のへしこバター」です。
「こんかいわしは、いわしのぬか漬けですから、ごはんによく合うのはいわずもがな。刻んでごはんに混ぜて、おにぎりにしたり、お茶漬けにしたりするのもいいですね。でも、うちでは趣向を変えて、パンと合わせてお出ししています。『世界一のへしこバター』は、薄くスライスしたパンに、発酵バターと細切りのこんかいわしをのせたもの。ここで使っているパンは、この連載のバトンを受け取ったPanezza(パネッツァ)さんのもの。パンに、バターに、こんかいわし。それぞれの発酵の旨みが響き合う味わいです」
塩け、コク、香ばしさが重なり、ほのかな酸味と旨みがじんわり広がる。一度食べた人は、必ずと言っていいほどリピートするというのもうなずける一品です。

こんかいわしの強い旨みと奥行きのある塩味は、調味料のように使うのもおすすめです。江澤さんが教えてくれたのは、こんかいわしをドレッシング代わりに生かした、にんじんサラダ。一口食べれば、2度、3度と作りたくなる、シンプルなレシピです。

「サッとあぶることで、生ぐささが飛んで、香りが立ちます。焼き魚のような香ばしさがありながらも、質の良い旨みが味わえるのは発酵食品ならではのもの。バーナーがなければ、焼き網などであぶってもいいですよ。また、こんかいわしは好みの発酵加減で冷凍しておくと使いやすいですね。僕は、届いたときがいちばんの食べごろだと感じるので、すぐに冷凍しています」

江澤さんが発酵食品に惹かれる理由の一つが、「その圧倒的な包み込む力」にあるといいます。
「発酵食品って、食材同士がぶつかり合わず、味わい全体を心地よくまとめてくれる力がすばらしいと思うんです。ある杜氏さんは、それを“緩衝力”という言葉で表現されていて、なるほど!と膝を打ちました。衝撃をやわらげて、包み込んでくれる。その緩衝力の高さが、旨みや甘味といった、舌でわかる味わいだけではない、なんともいえない心地よさを生み出しているんじゃないかな」
たとえば、29Rôtieの看板メニューである、生ハムと熱燗のペアリングも、発酵の緩衝力や包容力を体感できる組み合わせ。極薄切りにした生ハムの繊細な脂を、温かな日本酒がやさしく溶かし、互いの持ち味を引き立て合います。
「日本酒やワイン、しょうゆ、味噌、それからこんかいわしも、発酵の産物ですね。こんかいわしは、乳酸発酵していますが、乳酸菌がつくり出すのは乳酸だけではないそうです。多種多様な成分が同時に生み出されているけれど、それを私たちは一つひとつの味としてはっきり感じとれるわけではない。でも、そういう複雑な菌の働きがあるものは、味の表現力も豊かだと感じるんです」

熱燗で楽しむ、29Rôtieの日本酒ラインアップ。
29Rôtieでは、伝統的な生酛(きもと)造りで仕込まれた日本酒や、ナチュラルワインを取り扱っています。そこにも、“緩衝力”や“包容力”を大事にする、江澤さんの料理哲学が表れているようです。
「発酵の味わいって、わかりやすいものではない。だからこそ奥深くて、いろいろな食材同士がどこかで結びつきながら、味わいが広がっていくような印象をもっています。菌の働きを生かした、自然な製法でつくられた発酵食品同士は、とても相性がいいとも感じています」

29Rôtieのメニューは、料理のジャンルが自由に交わる、一見すると無国籍なもの。それでいて一貫した芯があり、「29Rôtieの味わい」を堪能できるラインアップです。
「自分が好きなもの、食べたいと思うものを出していたら、こうなりました(笑)。一見するとまとまりがないようで、実はどこかでつながっている気がします」
根底にあるのは、効率や均質さだけを追わず、自然の力を生かしてつくられたものへの信頼です。昔ながらの製法でつくられる発酵食品も、そうした流れにある食材の一つ。
「年を重ねるほどに、ていねいにつくられた発酵食品のありがたさが身にしみますね」。江澤さんはそう笑います。
「体に負担が少ないのも、発酵食品の魅力だと思うんです。発酵って、酵素や菌が成分を分解してくれているわけで、ある意味では代謝の“外部委託”とも言えるんじゃないか、と。体に吸収しやすい状態にしてもらったものを、我々はおいしくいただいている。大人世代こそ、こういうありがたいリソースを使わせていただくべきかな(笑)」
お酒とともにゆったり味わい、舌はもちろん体も喜ぶひととき。発酵を味方につければ、おいしさの楽しみは、まだまだ広がっていきそうです。
次回は、東京・池袋にある完全予約制「和食しゅくりあ」の店主、中野進さんにバトンをつなぎます。どうぞお楽しみに!
証券会社勤務を経て、25歳で飲食の世界へ。辻調理師専門学校を卒業後、フランス料理店、居酒屋の名店「串駒」にて勤務。2012年5月に「29Rôtie」をオープン。
Instagram:@29rotie