日本の朝ごはん

「人生は朝ごはんにあり」 向笠千恵子さんインタビュー

2014/03/13

向笠さんは食のスペシャリスト。といっても食を作る側ではなく、消費者においしさを伝えるプロフェッショナルです。

朝ごはんについてはとくに詳しく、豪奢なディナーにばかり注目が集まって、朝食がまともに語られることが少なかった時代から朝ごはんの魅力を追及しています。その活動初期の集大成が、1993年刊行の『日本の朝ごはん』(新潮社)。北は北海道の酪農農家の牛乳豆腐から南は沖縄の長寿献立まで、日本全国の朝ごはんを食べ歩き、現代の食卓のあり方を考察した名著です。

約30年間にわたって日本の朝ごはんを見守ってきた向笠さんに、朝ごはんの醍醐味についてお話をお聞きしたいと思います。

「朝ごはんは、昼や夜と比べるといちばん個人的な食事といえるでしょう。その個人的な営みを取材することで、自分自身の食生活を見直したかったんです。取材を通して実感したのは、朝ごはんを大事にしている人は表情が生き生きとしていて、人生に前向きで素敵な方が多いこと。ところで、あなたは今朝なにを召し上がりました?」

はい。ファーストフード店でコーヒーと野菜サンドイッチを食べました。

向笠さんが会う人ごとに朝食の質問をすることをあらかじめ知っていたので、今日はバランスを考慮して特別に「野菜入り」を食してからインタビューに臨めたわけで、まずはひと安心。

「20~30年前までは、都内で朝食をとろうとしても喫茶店のモーニングくらいしか選択肢がありませんでしたが、今では食べる気持ちさえあれば、お店はいっぱいありますよね。状況はだいぶ変わりました。それでも、朝ごはんを抜く人の数はあまり変わっていない気がします。夜遅くまで仕事して、朝はちゃんと目覚めていないまま会社に向かい、午前中のエネルギーは前の晩にとった食事の残りでもたせて、昼ごはんを食べた午後からやっと元気になるというサイクル。朝からきっちり動かなければならない人は朝ごはんをしっかり食べます。漁師さんや農家の方など現場で体を動かす人、そして企業に勤める方でもばりばり働くタイプは朝ごはんを大切にしています」

できる人は、朝ごはん。耳がちょっと痛いです。

「不思議なもので、人はハレのときには朝ごはんを忘れない。たとえば、朝の新幹線はお弁当のにおいでいっぱいでとても微笑ましいんです。出張って、いってみれば敵陣に乗り込むということですよね。空港のロビーの食堂も同じで、出発待ちの人でいっぱいです。プライベートな旅でも仕事でも、このときばかりはちゃんと食べようとするんですよね」

言われてみれば、思いあたります。腹がすいては遊びも仕事も集中できないと、誰もがこっそり思っている。もしも日本人全員が朝食をとったら、GDPは上昇するかもしれません。

一日の始まりは、卵かけご飯!

手軽にできて栄養面でも合格の朝ごはんはなにか。向笠さんは、卵かけご飯をすすめる。

「卵は雛の生命を育むための栄養分がぎっしり詰まった天然のスーパーカプセルです。脂肪、カルシウム、鉄分、ビタミンが過不足なく含まれています。朝食に必要なのは、速効性のスタミナ源(でんぷん)とじわじわと効くスタミナ源(脂肪)、そしてやる気の源(たんぱく質)。ご飯に生卵をかけるだけで、3つの要素が揃った立派な朝食になります」

卵の上には、しょうゆを垂らしてもいいし、ちりめんじゃこや佃煮など珍味のストックを乗せてもよし。

「こんなに安くできて手間いらずの献立はそうはありません。ご飯は冷凍したものをレンジで温め直してもいいですが、土鍋で炊くのも簡単だからぜひ試していただきたいですね。一合でも半合でも、おいしく炊けます。写真の土鍋は、山代温泉(石川県)の『べにや無可有』という宿でいただいた朝食のもの。土鍋は洗うのもラクだし、慣れればほどよくお焦げも作れるし、私はずっと愛用しています。10分から15分、漬けものを切ったり、おみそ汁を作ったりしている間においしいご飯が炊けますよ」

卵かけご飯+漬けもの+みそ汁。外食ばかりの身にとっては夢のようなメニューだけど、実現はそれほど難しくなさそうです。

朝ごはんで自分のルーツを再確認する

全国津々浦々の朝ごはんを探訪した向笠さんが、究極の味と認めるのは、能登『さか本』(石川県)の朝ごはん。

「おかあさんと息子さんが切り盛りしている小さな宿。明け方、まだ暗いうちから台所でおかあさんがふやかした大豆をすり鉢でごりごりとあたって自家製豆腐の準備を始める。息子さんは自転車に乗って、養鶏場からは産みたての卵、朝市では朝収穫したばかりの野菜、また漁師が仕込んだ一夜干しの干物を仕入れてくる。こうして集めた地元の食材を心をこめて調理してくれる。<ご馳走とは、その支度に馳け走ること>という意味であるのは知ってますが、目のあたりにすると、あらためてご馳走のありがたみが身にしみます。おかあさんが囲炉裏で焼いてくれる干物の焼き加減といったら、まさに絶妙! 『さか本』を上回る朝食にはいまだに出あっていません」

郷土色豊かな朝食を食べ歩いて気づいたこと。それは自分のルーツについてだと、向笠さんは言います。

「北陸各県の郷土食を口にすると、妙に懐かしい味がするんです。たしかに、私も両親も東京生まれですが、血筋を辿ると福井に行きつくんです。ああ、やっぱり、私の原点はここにあるんだって初めて納得できました。東京生まれで自分には故郷がないと思っていらっしゃる方も多いでしょうが、旅に出れば誰もがどこかで同じようなことを体験なさるはずです」

グリーンツーリズムで日本の奥深さを知る

いくら流通網が発達している現代でも、その土地へ出かけないと食べられないものは数多い。向笠さんが旅で求めるのも一期一会ならぬ、一食一会の献立。

「たとえば、お豆腐。その土地でとれた大豆から豆乳をしぼり、にがりを打って固める。壱岐『平山旅館』(長崎県)の島豆腐、湯川温泉『御宿末広』(岩手県)の手作り豆腐など、わたしはなぜか豆腐に惹かれるんですが、できたてのほやほやが食べられるのはその場所だけです。海辺の町へ行けば地元だけで消費される地魚に出あえますし、手前味噌という言葉があるように、味噌やしょうゆもその土地ならではの味や食べ方があります。朴の葉を乾燥させ、味噌をその上に乗せて焼く朴葉みそ(『せせらぎ』岐阜県)も思い出深い一品です」

こうした本物の郷土食は、高級ホテルや旅館でなくても味わえます。向笠さんがすすめるのは、グリーンツーリズムの宿。農家民宿に泊まれば、費用も安く、より郷土色の濃い料理に出あえる可能性が高い。

「朝ごはんの中には、その土地で暮らす人が常食にしている食材がすべてといっていいほど登場するし、食材のひとつひとつにドラマがある。そして、食材に適した味噌やしょうゆや出汁がある。朝ごはんを通じて、日本の豊かさを知り、自分を知ることもできました」

そして、旅から戻れば日常の食卓が待っている。

「戻ったばかりのときは、ふだんでも充実した朝ごはんが食べたいって意気込むものの、気になることがあったり、時間に追われたりでつい欠食してしまう。それが現実ではないでしょうか。でも、たったひと口だけでもいいからなにかを口に入れていただきたい。それは、前日たまたま買ったお豆腐でも納豆でもいいんです。旅館のような完璧な朝食でなくてもかまいません。とにかく食べさえすれば、今日もがんばろうという気持ちのスイッチが入るんです」

さてみなさん、明日の朝ごはんはどうします?

むかさ・ちえこさん

フードジャーナリスト、食文化研究家、エッセイスト

むかさ・ちえこさん

フードジャーナリスト、食文化研究家、エッセイスト

むかさ・ちえこさん

東京・日本橋生まれ。日本の「食」の現場を訪ねて、志をもった生産者、その土地の民俗、歴史などを多面的にとらえながら、現代の食を綴っている。農水省の「農山漁村の郷土料理百選」選定委員などを経て、農水省の「食アメニティコンテスト」審査会長、本場の本物審査専門委員、郷土料理伝承学校校長。農と食や生産者と消費者の交流、スローフード運動にも積極的に参加している。
NHK「ラジオ深夜便」に出演中。著書多数。『食の街道を行く』(平凡社新書)でグルマン世界料理本大賞グランプリを受賞。

「日本の朝ごはん」の他の記事を読む

To Top

このサイトについて

https://www.marukome.co.jp/marukome_omiso/hakkoubishoku/
お気に入りに登録しました