日本の朝ごはん

お気に入りの器で、ていねいな朝ごはん

2017/10/10更新

都内某所の都会的なマンションの一室。にこやかな笑顔で出迎えていただき、一歩中に入ると、現代的な白をベースとした空間に、和の家具や美しい漆の器・オブジェがしっくりと馴染む、素敵なお部屋が広がっていました。
ここは、漆作家・宮下智吉(みやしたともきち)さん、奥様の明日香さんご夫婦のご自宅。今日は、料理研究家・角田真秀(すみだまほ)さん(以下『すみや』真秀さん)と、ともにフードユニット『すみや』を主宰するご主人の角田和彦さん(以下『すみや』和彦さん)と一緒に朝ごはんをいただくため、宮下さん宅を訪れました。

漆作家さんのご自宅で朝ごはんとは不思議なシチュエーションですが、事のいきさつはこうです。ある日、料理研究家であり、美大出身で器にも造詣が深い『すみや』真秀さんに、「朝ごはんを取材させていただけませんか? どんな器で召し上がっていますか?」とお伺いしたところ、「朝ごはんは、体調や気分に応じていろいろですが、お味噌汁の日は漆の器でいただきます。この器は友人で漆作家の宮下智吉くん作のもの。私たち夫婦と、宮下くん夫婦は10年来の友人ですので、皆で一緒に朝ごはんを食べながら、お話させてもらうというのはどうですか?」と。
そんなわけで、宮下さんのご自宅で朝ごはんとなりました。

今朝は、『すみや』のおふたりがお味噌汁を、宮下さんがおにぎりと卵焼きを、それぞれ準備してくださっていました。料理を仕事にしていらっしゃる『すみや』さんのお鍋からおいしそうな香りが漂ってくることは予想していましたが、漆作家の宮下さんが上手におにぎりを握り、美しい卵焼きを準備してくださったことにびっくり。
なぜ、お料理がお上手なんですか?と伺うと、「朝ごはんと、工房に持っていくお弁当づくりは僕の日課なんです」と宮下さん。手際よく器を準備して、テーブルを整えていきます。並べられた器は、椀や箸だけでなく、お皿も箸置きもすべて漆。「自分でつくったものの使い勝手や、耐久性を確認するために日常的に使っているので、テーブルに並ぶのは漆のものが多いですね」と宮下さんはいいます。
漆というと、かしこまった和食に合うという印象でしたが、宮下さんの日々の器は自然でやわらかく、どんなお料理でもおおらかに受けとめてくれる雰囲気があります。

我が家のお味噌汁の話

『すみや』のおふたり、宮下さん、奥様の明日香さん、次女のことのちゃんが手を合わせて、2家族の朝ごはんがはじまりました。今日は、「納豆とルッコラのお味噌汁」と「玉ねぎのお味噌汁」、枝豆のおにぎり、卵焼きです。おいしいねーと言いながら、みんなの箸が進みます。1歳のことのちゃんもおいしそうにおにぎりを頬張っています。

食事をしながら、まずは両家のお味噌汁のお話に。
「ぼくはひとり暮らしをしたときに、はじめて作ったお味噌汁が、母の味とはまったく違い、おいしく感じなかったのがショックで。それ以来あまりつくっていなくて。基本的に、我が家のお味噌汁は妻の味です」(宮下さん)
「そうですね。私がつくるのは、しじみや豆腐のお味噌汁が多いです。実家でよく食べた“たまねぎとわかめ”とか“たまねぎとじゃがいも”の組み合わせも好きなんですが、主人は馴染みがないらしく……」(明日香さん)
「定番ですよね、“たまねぎとわかめ”」(和彦さん)
「私はその組み合わせはしないなぁ」(真秀さん)
地域によるのかなぁ、家庭の味っておもしろいねと、お味噌汁談義が続きます。

今日の具材は夏を意識したお味噌汁です、と『すみや』真秀さん。
「朝起きた瞬間から、カツカレーでもなんでも食べられる夫と違い、私は朝からもりもりは食べられないんです。だから、おにぎりと、さらりとサラダ代わりとなるお味噌汁くらいがぴったり。煮立てたほうれん草などが入っていると少し重く感じてしまって。特に夏には、さっと洗った納豆と、ほぼ火を通さず盛りつけたルッコラの組み合わせはおいしいですよ。香りも爽やかです。また定番の玉ねぎのお味噌汁には、ぶどう山椒を数粒入れることで、すっきりとした風味を楽しんでいます」
はじめての味だという宮下さんご夫妻は、「新鮮ですねー」と頬をほころばせます。
「“あさりとセロリ”のお味噌汁もおすすめです。パスタやスープなどではよくある組み合わせで好相性。お味噌汁も自由な感覚で組み合わせて楽しめばいいと思うんです。しっかりだしをとることもあまりありません。昆布でとることはありますが、だいたいは野菜など素材からでる旨みで充分。夏、お味噌汁を食べるのは暑いな、重いなと感じるときは、大葉をトッピングしたり、生姜やすだち・かぼすなどの柑橘類を加えたりすることも。すだちやかぼす入りのお味噌汁は、九州や四国の郷土料理として召し上がる方も多いようです。お味噌汁をさっぱりといただくことができますよ」

朝一番の食事で満たされる

平日は、ひとりで朝ごはんを食べることが多いという『すみや』真秀さん。朝起きて「自分は何を食べたいのか?」体の声を聞いて朝食を考えるのはもちろん、どんな器にどのように盛りつけて食べるのかということも、とても大切にしているといいます。

「お気に入りの器から力を借りるんです。たとえばこの椀を使うなら、野菜はこんなふうに切ろうとか、このくらいの長さにしようとか、どうすればおいしく見えるかを考えます。これはこの職業につくずっと前からの習慣。料理店を営んでいた両親の影響もあるのかもしれません。普段からそんな風に考えてきたことは、今の私の職業にとても生かされています。器がその感覚を育ててくれたんですね」

真秀さんの言葉を受けて、和彦さんも続けます。

「休日は一緒に朝ごはんを食べるのですが、彼女がイメージしている器でないものに僕が盛りつけてしまうと、『こっちにお願いできる?』と、盛りつけ直しになることもあるくらいですよ(笑)」

そこまで器や盛りつけにこだわるのはなぜでしょうか。真秀さんの答えはとても明快です。

「何事も特別なときだけやろうとしてもできないと思うんです。身内だけのとき、ひとりのとき、朝ごはんであっても、器を楽しんで選び、おいしそうに切って、おいしそうに盛りつける。この繰り返しが大事だなぁと思っています。たとえば、赤いトマトやピーマンが入った料理を盛りつける時、下の見えないところにあっても、手前の栄えるところにあっても味は同じです。でも目にしたときの『おいしそう』って感覚はぜんぜん違う。それは食べる人に対する気配りです。その想いは、普段から、自分のためであっても忘れたくない。『おいしい』にたどり着く前の、『おいしそう』はとっても大切ですし、朝一番に食べる食事によって、身近な人や、自分自身がきちんと満たされていることが、私にとってとても重要なことなんです」

余白を大切に

『すみや』真秀さんが普段からお味噌汁に使うのは、8年近く前に宮下さんの展示会で買い求めた椀。
「日々のことですから、『なんか違うなぁ』と感じる器を使うわけにはいきません。宮下くんのこの椀は、自然で“てらい”がなくてとても気に入ったものです」
漆器の製作工程は、一般的に細かく分業されており、器の形に木を彫る「木地づくり」と、漆を塗る工程は、異なる職人が行います。しかし宮下さんは、木地づくりから仕上げまですべてひとりで行うため、作品を発表するごとに、器の形や佇まいに微細な変化が表現されているといいます。

「その時の宮下くんの心の状態が器にすごく出るんです」と真秀さん。
悩みながらつくった器は、真秀さんにはすぐに言い当てられてしまう、と宮下さんは笑います。
「ちゃんと見ていてくれる人がいる。それはとてもうれしいことですね。器は、使い心地や使い勝手を考えてつくるのは当然なのですが、一方で使い手のことばかり考えてつくると、どこか気持ちの良くないものができてしまう。悩みつつも、僕自身が心から楽しみながらつくりたいと思っています」

「私は、作家さんの世界観があまりに強い器は、使わないかもしれません」

真秀さんが、大切にしていることは“余白”だそうです。
「レシピを考える際も、特別なスパイスやハーブを入れないと成立しないものでなく、シンプルな材料だけでつくっておいしく、さらに気が向けばハーブを加えるなど工夫ができる。そういう余地を残したレシピになるように意識しています。器にも同じようなことを求めるのかもしれません」
器を手に取りながら、宮下さんの作品のなかで、とくに印象に残っている器について教えてくださいました。

「一目見ただけで、料理の味や盛りつけが浮かぶ器があるんです。たとえば、宮下くんのこの蓋付きの椀(“あいうえお”と文字が入った器)は、展示会で初めて見たときに、わくわくしました。自由で楽しくて。これを見ると、いろいろなイメージが浮かんでくる。器からのインスピレーションでレシピが浮かぶ。これはまさにそういう器ですね。結局、この器は手に入れなかったんですけれど、これに見合う料理をつくれる料理人になりたい。この感じに合うものをつくりたいって、そのときすごく思ったんです」

料理と器は互いの良さを引き出し合う。おふたりの会話から、ひたむきな姿勢が伝わってくる朝ごはんの時間でした。
慌ただしく過ごしてしまうことも多い朝の時間ですが、少し心を落ち着けて、お気に入りの器で朝ごはんをいただけば、一日を豊かに迎えられそうな気がします。

料理研究家・角田真秀(すみだまほ)さん
夫の角田和彦さんとともにフードユニット「すみや」主宰。ケータリングや書籍などを中心に活躍中。どの家庭にもある基本の調味料を使った、心も身体も休まるレシピに定評がある。著書に『基本調味料だけで作る毎日の献立とおかず』(マイナビ出版)、共著に『はやうま 一汁一菜』(主婦と生活社)がある。
http://sumiya-nikki.blogspot.jp

漆作家・宮下智吉(みやしたともきち)さん

1979年 長野県岡谷市生まれ
2006年 東京芸術大学 美術学部漆芸専攻卒業
2008年 東京芸術大学 大学院 美術研究科 漆芸専攻 修了
2009年 東京芸術大学 大学院 美術研究科 漆芸専攻 研究生
現在  東京都区内にて 制作中
日本文化財漆協会 理事
東京芸術大学 美術学部漆芸研究室 非常勤講師(集中講義)
https://tomoomot.wixsite.com/urushi

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