美(うま)し国の食巡礼

舌が覚えた味。
林商店のおかあさんの愛情いっぱい、伊勢たくあん

2022/07/07

舌が覚えた味。林商店のおかあさんの愛情いっぱい、伊勢たくあん
舌が覚えた味。林商店のおかあさんの愛情いっぱい、伊勢たくあん

2年間、木樽の中で発酵・熟成させる伊勢たくあん。ぎゅっと噛むと、歯のあいだからこぼれ落ちるような独特の旨味と酸味を感じます。それは、林商店のおかあさんとして親しまれる林和代(はやしかずよ)さんの手によって作られる伝統の味。作り手が五感をフル稼働させて漬けるからこそ出せる、深みのあるおいしさなのです。

採れた御薗(みその)大根を「稲架(はさ)掛け」と呼ばれる方法で干し、巨大な樽で漬け込む旧来の製法を受け継ぐ店は、今では林商店を含めごくわずかしかありません。
三重県の名産物である伊勢たくあんの名を残したい――伊勢たくあんと、林さんの思いを聞きました。

伝統を守り、
伊勢たくあんの火を灯し続けたい

大根の産地でもあった伊勢地方では、江戸時代後期に農家の副業としてたくあんが作られるようになりました。その評判は近隣から関西方面に広がり、やがて伊勢神宮の参拝者のあいだでも、「伊勢のおいしいたくあん」として知られるようになったそうです。
出荷の最盛期は、昭和20年代から30年代頃。林さんは、周りの農家が一家総出で大根を稲架掛けにしている様子をよく覚えているといいます。稲架掛けは、束ねた大根を横掛けの棒をまたぐようにかけ、太陽の光と自然の風で乾燥させる天日干しの方法のこと。大量の大根を下から次々と放り投げ、受け取るそばから手際良く干していく様子は圧巻だったそうです。

「繁忙期の農家は、助け合いが基本。時期が来ると皆で順番に仲間の家を回って、賑やかに稲架掛けの手伝いをするの。作業が終わったら、そろってご飯を食べて…。農家にとってはお祭りみたいな行事だね」

しかし、食生活の欧米化や人手不足、御薗大根の生産者減少などを背景に、たくあんづくりをする農家は年々減少していきます。風物詩ともいえる稲架掛けの光景がほとんど見られなくなり、林さんは「伊勢たくあんの火が消える」と危機を感じていました。
三重県多気町の商業施設、VISONへの出店の誘いがあったのは、林商店もそう長くは続けられないかもしれないと思い始めていた頃だったそうです。出店が決まったことで御薗大根の生産者も確保でき、漬物づくりを続けられる目処が立ちました。

「うちの漬物に惚れて誘ってくれて、本当にありがたかった。伊勢たくあんの名前を残すために、ここで漬物を作れることはすごくうれしいの」

作り手の経験値が反映される樽漬けの作業

伊勢たくあんは、50cm程の長さに成長する御薗大根を師走の寒風に2週間さらした後、21石(3,788L)ある巨大な木樽で2年間熟成・発酵させて出来上がります。使用する木樽は酒屋から仕入れた物で、100年以上も使い込んだ林商店の相棒のような存在です。空気を通しやすい木樽を使うことで、糠の発酵が進みやすく、香りや味が際立ちます。

樽1つに8,000本もの大根が入るので、漬け込み作業はかなりの重労働です。樽の中に入って大根を隙間なく並べ、塩のほか、柿の皮・茄子の葉・唐辛子などを加えた米糠をまいては踏み固める作業を繰り返します。
体力勝負であると同時に、まく米糠の量や配合具合など、経験と勘がものを言う作業です。だからこそ、「どうやってこの味を出しているのと聞かれても、よう言わん(うまく言えない)」と林さん。

林さん曰く、伊勢たくあんを漬けるときには、収穫した大根の太さや重さ、糠の手触り、におい、その日の温度や湿度などが微妙に作用し合うのだそう。肌感覚でそれらを感じ取り、微妙な調整をして漬け込む伊勢たくあんは、まさに「おかあさんの味」。ほかの誰にも出せない、唯一の味といえるでしょう。

「伊勢のおいしい物」として、
いつまでも名前が挙がるように

林さんで3代目の林商店。作り方を“よう言わん”のがおいしさの理由である反面、心配なのはこの味を誰がどうやって受け継ぐのかということです。林商店で伊勢たくあんを知った人や、そのおいしさに魅せられて何度も購入しているお客さんにとって、伊勢たくあんの味は林商店の味。いつまでも続いてほしいと願わずにはいられません。

しかし、いっしょに働く娘さんにも、「作り方を指導したことはない」と林さんは言います。漬物づくりも、感性や本能が勝負の職人の世界であり、大根の出来や気候のデリケートな違いを感じ取る力は経験によってしか養われず、紙に書いて教えられるわけでも、指導すれば必ず再現できるわけでもないからです。

「舌で覚えた味で生きてきたから、それを誰かに伝えるのは難しいのよね。伝えていきたいと思ってくれたら、いっしょに作業して、感覚を共有してもらうしかないの。でも、食べてくれる人の頭にインプットされた伊勢たくあんの味がいつまでも変わらないように、がんばって残していきたいとは思っています」

肥沃な土壌でできる歯切れの良い御薗大根と、昔ながらの樽漬け製法、そしてマニュアルのない職人技が組み合わさって生まれる林商店の伊勢たくあん。「伊勢のおいしい物」として語り継いでいきたい、円熟した味わいをご堪能ください。

林商店

林商店

住所:
三重県多気郡多気町 ヴィソン672番1 旨味16
営業時間:
10:00~18:00
定休日:
火曜日
URL:
https://vison.jp/shop/detail.php?id=14

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