美(うま)し国の食巡礼
餡は川の流れ、
お餅は川底の小石を表現。
伊勢名物「赤福餅」
2022/08/04
餡は川の流れ、
お餅は川底の小石を表現。伊勢名物「赤福餅」
美(うま)し国の食巡礼
2022/08/04
三重県の代表的なお土産といえば、餅菓子の「赤福餅」を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。赤福餅を販売する老舗和菓子店・赤福本店では、朝5時にゆっくりと町が起き出すその頃から、かまどにはすでに番茶を入れるお湯が沸き、湯気が漂い始めます。
伊勢神宮の参拝が始まる時刻に合わせて店を開け、参拝客を出迎え、見送る――創業から300年余りを経た今も受け継ぐおもてなしの心です。伊勢の伝統的な建築様式・切妻屋根の赤福本店を訪ねました。
赤福餅は、やわらかなお餅をなめらかな餡がすっぽりと覆う、いわずと知れた伊勢名物の餅菓子です。赤福本店では、早朝4時からかまどに火を入れてお湯を沸かし、参拝が始まる朝5時に合わせて店を開きます。
「伊勢神宮は一年を通じて5時からお参りができます。そのお膝元で商いをする私たちも、必ず5時にはお店にお立ち寄りいただけるように心掛けています」と教えてくれたのは、株式会社赤福で広報を務める石田愛己(いしだまなみ)さん。
伊勢神宮の鳥居前町であるおはらい町の中程に位置する赤福本店は、お伊勢参りが庶民にとって一生に一度の一憧れだった江戸時代から今日に至るまで、心のこもったおもてなしで参拝客を迎え続けてきました。
明治以降にはモータリゼーションの発達などで、おはらい町の観光客が激減したこともあったそうですが、赤福は一角にあった本社ビルを取り壊して、伊勢を代表する建築様式で昔ながらの伊勢の町並みを再現。
木材と宮大工による伝統技術を活かし、伊勢路の食や土産物を集め、本物を模したアミューズメントパークとは一線を画し、本物志向にこだわった江戸から明治期の町並みを再現しました。そうして「おかげ横丁」と名付けられた町は、多くの参拝客が立ち寄る一大観光名所となり、鳥居前町の復活を象徴する存在として知られています。
赤福本店では、建物に掲げられた「赤福」の大看板の下にはためくのれんをくぐると、右手に朱色のかまどが3つ連なっています。鮮やかな朱色は、毎年年末に修復し、磨き上げることで大切に維持しているそうです。
店内メニューの定番である赤福餅「盆」は、お皿にのった赤福餅2つと、かまどのお湯で淹れた香ばしい番茶が丸い木の盆にのって運ばれてきます。
折箱に入ったお土産用の赤福餅も美味ですが、五十鈴川を望む縁側や、座敷でいただく作り立ての赤福餅はまさに絶品。餡と餅が互いを引き立て合い、口の中で溶け合って、2つの赤福餅があっという間におなかに収まります。
「赤福餅の形は五十鈴川のせせらぎをかたどっており、餡につけた三筋の形は清流を、お餅は川底の小石を表しているんです。店内でお出ししている赤福餅は、『餅入れさん』と呼ばれる職人が一つひとつ手作りしています。
餅入れ3年ともいわれ、スピーディーに、かつ美しく三筋の線を出せるまでには最低3年は修業が必要です。最初は手触りの似た米糠で何度も練習をし、ようやく餡にふれるように段階を踏んでいきます。一人前の餅入れになっても、社内技能会を行うなどして、切磋琢磨し合い技を磨いています」
赤福本店では、餅入れさんたちが作業をする様子をガラス越しに見学することができます。
2人1組で向き合い、1人がお餅をちぎって丸め、もう1人が餅に餡をつけて指で三筋の線をつけるこの動きを正確に繰り返す様子は、まさに職人技。板敷の作業場で、古風でかわいらしい制服を身につけて黙々と赤福餅を作る餅入れさんたちを見ていると、なんだかノスタルジックな気分になるから不思議です。
定番の赤福餅のほか、本店で絶大な人気を誇るのが「朔日(ついたち)餅」です。伊勢には、毎月1日に早起きして1ヵ月を無事に過ごせたことを感謝し、伊勢神宮を参拝する「朔日参り」の習わしがあります。赤福本店ではこれに合わせ、お正月を除く毎月1日は、朔日参りの参拝客のために4時45分から朔日餅でもてなしています。
「7月は赤福餅の餡で特製した水ようかんを青竹に流し込んだ『竹流し』、8月は豊穣を祈り粟餅を食べる旧暦八月朔日の習わしから『八朔粟餅』など、季節感と風習を取り入れた月替わりの商品を楽しみに、たくさんの方にお越しいただいています。前日午後5時から時間指定の整理券を配布するなど、お待ちいただく時間を最小限にしています」(石田さん)
コロナ禍では、暗く沈む気持ちが少しでも前向きになってもらえるようにとの願いを込めて、新商品「白餅黑餅」を発売。宝永から明治まで作られていた黒砂糖味の黑餅と、平成から令和にかけて手掛けられた白小豆餡の白餅が4つずつ入っています。発売当初はオンライン限定販売で制限もありましたが、現在は安定供給できるようになり、各直営店舗でも販売されています。1日あたりの販売数量には限りがあるため、早めの来店がおすすめだそうです。
赤福は、江戸から令和へと移り変わる時代の中で継承してきた伝統を土台とし、新たな商品を生み出しています。きびきびと働く従業員の動きや、涼やかな風を届けてくれる五十鈴川のせせらぎ、そして時の流れに思いを馳せながら和菓子をいただけるのは、本店ならではの楽しみでしょう。
赤子のように素直な心で人さまの幸せを喜ぶことで自分にも幸せが返ってくる、という意を表す「赤心慶福(せきしんけいふく)」から名付けたという赤福は、今日もお伊勢参りに訪れる人々の幸せを彩っています。