コーヒーと発酵
「あの豆、おいしかったよ」という、
お客様の“にっこり”を求めて
<BAGTOWN COFFEE>
2026/08/06
コーヒーと発酵
2026/08/06
広島市の中心部、飲食店などが立ち並ぶ袋町を歩いていると角にBAGTOWN COFFEEの文字が見えてきます。町の名前を冠したこのロースターが生まれたのは2015年のこと。地元の人、コーヒー愛好家、観光客など、さまざまな人が絶え間なく扉を開く人気ロースターはどのように生まれたのでしょうか。店主で、ロースターの山本篤司(やまもとあつし)さんにお話を聞きました。

「コーヒー屋さんを始める人って、コーヒーが好きでとか、強い思いがあって起業する人が多いと思うんですけど、実は僕はふらっと始めてしまって」
BAGTOWN COFFEEをオープンして10年だという山本篤司さんは、そんなふうに話し始めました。IT関係の企業に20年以上勤めた後、独立したもののフリーランスでの活動がうまくいかず、“ふらっと”コーヒーの業界に足を踏み入れたのだと言います。しかし、始めてから知識やスキルのなさに気づいて「震え上がった」と山本さんは当時を振り返ります。

店主で、ロースターの山本篤司さん。
「最初の何年間かは辛かったですね。自分がお店に出しているものが良いものなのか、悪いものなのかわからない。とりあえず茶色くなったコーヒー豆を出していたというような感じで」
そんな山本さんが一念発起し、焙煎機の会社が開いた焙煎セミナーに参加したのが、BAGTOWN COFFEEオープンから約2年後のことでした。
「1年間、毎月セミナーに通いました。焙煎の方法を学んだというよりも、焙煎の考え方とか心構え、豆をいかに観察するかを教えてもらったように思います」
今でも大尊敬している先生とそのセミナーで出会うことができましたが、いくらセミナーで学んでも自分の豆を“評価”することができず、もやもやした気持ちを抱えていたと山本さん。
そんな山本さんに転機が訪れます。SCAJ(日本スペシャルティコーヒー協会)が主催する「Roast Masters Team Challenge」に参加したのです。
「チームをつくって参加するのですが、チームの中でもともと知人だったのは2人、あとの3人は初対面というメンバーでした。事前にみんなで集まって準備をする際、僕の知識がないために、先輩ロースターに『お前なぁ』なんて怒られたりもして。わからないことばかりだから『教えてください!』ってお願いするしかなくて」

そうして挑んだ大会で、チームは見事「審査員賞」と「オーディエンス賞」をダブル受賞。以来、チームメンバーと親交を深め、多くのことを教わることになったそうです。
「僕が焙煎したコーヒーを送って感想を聞かせてもらったりしました。コーヒー屋同士でも、味の話ってセンシティブなんです。でも『ぶっちゃけて言うとどう?』って聞くと、正直に意見をくれる仲間ができたことは、本当にありがたかったですね」
仲間の存在は、自分のコーヒーはおいしいのか?品質はどうか? そんなもやもやを晴らすことにつながっていったそうです。以来、仲間の輪は広がっていき、ともに豆の輸入を行ったり、わからないことについて相談にのってもらったり、コーヒーの世界が楽しくなっていきました。
年を重ねると、誰かに「教えてください」と言うことに抵抗を感じる人は少なくないはずです。しかし、43歳で起業した山本さんは、「僕は、広島のコーヒー界で若手の“長老”。年取ってるから、ずうずうしくなっているし、何でも聞けます。知らないことばかりだから、かっこつけている場合じゃなかったですしね」と笑います。

オープンから10年の時を経て、山本さんはコーヒーについて、「めちゃくちゃおもしろいです。みんなやればいいのに」と、愉快そうに頬を緩めます。
「コーヒーにはいろんな要素があるんですよね。豆の味、焙煎についてはもちろんですが、誰が、どんなところで、どんな思いでつくっているのかという生産者のこと。それが誰の手を介し、どんなふうに日本にやってくるのかという流通のこと。そういったことをどうお客さんにお伝えするのか。最終的にお客さんが『おいしいね』ってにっこりしてくれるのを目指すんですが、その一連の流れが、とても楽しいですよね」

グァテマラ、エルサルバドル、ニカラグア、インドネシアなど、コーヒー産地も積極的に訪問。
生産現場を見ることで学ぶことがたくさんあると山本さん。(写真提供:山本さん)

店内にずらりと並ぶコーヒー豆。スタッフにアドバイスを求めるお客様も多い。
BAGTOWN COFFEEには、通常20〜30種類のコーヒー豆が並んでいます。扱う豆の種類を限定するロースターも少なくないなか、山本さんはできるだけ幅広い種類の豆を扱いたいと言います。
「関心があるんです。いろいろな豆を焙煎したい。この豆はこう焙煎したらどうなるんだろうって考えながら工夫をする。100点満点の焙煎は難しいです。だからこそ、次はこうしよう、ああしようって繰り返し試していて。それがおもしろいですよね。店としては効率が悪いし、お店のスタッフにも苦労をかけてるんですけど」
そう笑いながら、楽しくて仕方がないという表情の山本さん。その思いは、豆の紹介文にも表れています。

それぞれのコーヒー豆にユーモアを交えた紹介文が添えられている。
「豆の特徴を、酸味や苦味を表すチャートで説明するお店が多いですよね。でも、コーヒーにそれほど関心がなかった頃、あれって『よくわからないなぁ』って思っていたので。それよりも、くすっと笑えたり、その紹介文に書かれていることをきっかけに、お客さんと会話が弾んだり、そのほうがこの店らしいかなって思っています」
お客さんが、にっこり笑って帰ってくれたらいいと山本さん。
「『前におすすめしてもらったのが、めっちゃおいしかったから、またちょうだい』って、そんな感じで来てもらえたらうれしい。最初から難しい知識を伝える接客は、あまりうちらしくないかなと思います。ただ、知りたい人もいますし、味覚を共有するのは難しいことですから、店の人間は知っていなくてはいけないし、伝えられなくてはいけない。一生懸命、勉強も必要です。『この人から買うと、なんかおもしろいな』って思ってもらえる。そういうことを大事にしたいですね」

店内にずらりと並ぶコーヒーの中には、発酵技術を駆使したコーヒーもあります。
「コーヒー豆はもともと発酵させてつくるものですが、最近では、さまざまな科学的アプローチで発酵させたコーヒー豆も多く、うちにも置いています。以前は、そうしたコーヒーの風味が好みではないなと思っていたこともありました。でも、生産者の皆さんは日々本当に努力を積み重ねていて、おいしいものも増えてきました」
それはまるで、お化粧がとても上手になったような感じだと、山本さんは例えます。発酵によってフルーティーさが増しつつも、やりすぎない自然な味わいになったと感じるそうです。
「生産者にとって、新たな発酵技術は希望です。高く取引できるブランド豆は土地や気候、管理技術など、さまざまな条件が揃わないと育てることができません。しかし、新しい発酵技術を用いることで、通常の豆のポテンシャルを引き上げ、おいしくすることができます。発酵技術を駆使した豆は、新しい潮流として需要がありますから、生産者の皆さんはさまざまなトライをして品質を上げる努力をしているのです」

ただ、そうした方向に行き過ぎることには、さまざまな意見があると、山本さん。
「やはり“すっぴん”の豆を好む人はいますし、コーヒーとは何かという議論もたびたび巻き起こっていますね。僕としても需要があるからといって生産者が無理をしてしまったり、科学的アプローチで発酵させた豆ばかりになってほしくないという思いもある。ただ、何がダメだ、何がいいと論じるよりも、BAGTOWN COFFEEとしては、僕自身がおいしいと思う豆を幅広く置きたいですね。日常の豆も特別な豆も、浅煎りも深煎りも、いろいろと取り揃えている、そういう店でありたいと思っています」

さまざまなお客様がいて、いろいろなニーズに応えることができる、そのひとつが、米糀由来の植物性ミルク「KOJI BARISTA EDITION」を使ったラテの提供です。
BAGTOWN COFFEEの店頭では、コーヒーやカフェラテなどのドリンクをテイクアウトできますが、カフェラテを購入するお客様の中には、動物性の食品を取ることを控えているお客様やアレルギーのある方も多く訪れます。そうしたお客様の選択肢として、オーツミルクのほかに、「KOJI BARISTA EDITION」も用意しているそうです。
「中煎りのイタリアンエスプレッソに『KOJI BARISTA EDITION』をあわせたラテを提供しています。『KOJI BARISTA EDITION』の少しとろっと感じが、僕はすきですね。コーヒーとの相性もいいなと思っています。海外のお客さんが、『あ、KOJI!』と、糀に反応して通常のラテの代わりに米糀ミルクのラテを選ばれるケースも多いですね」

『KOJI BARISTA EDITION』を用いた「KOJI Latte」。

アレルギーのある子どものお母さんが、『KOJI BARISTA EDITION』を購入されることもあるとか。

最後に、これからのBAGTOWN COFFEEについて聞いてみると、山本さんはこんな風に答えてくれました。
「僕が尊敬するコーヒー屋さんに、Quality(品質)・Sustainability(持続可能性)・Traceability(追跡可能性)・Transparency(透明性)という言葉を掲げているところがあります。これに、僕もとても共鳴しています。どんな世界もそうですが、コーヒー業界もきれいなことばかりではありません。残念ながら、きれいごとでは片付けられないリアリティもあります。でも、この4つの言葉に対し、『かくありたい』と思う気持ちってとても大事だと思うんです」
それは、長く店を続けていくこととも無関係ではないと山本さん。
「コーヒーだけでなく、お客さんとの関係、従業員や取引先との関係、すべてにおいて、かくありたい。そこを大切にしながら、これからも長くこの土地でやっていきたいですね」
