発酵を訪ねる
居心地の良い古民家で発酵と民藝が繋がる
セレクトショップ&カフェ「テマヒマ」
2026/04/16
発酵を訪ねる
2026/04/16
JR高槻駅から徒歩8分ほど、住宅街の静かな細路地に店を構える「テマヒマ」。みそソムリエが手がける、発酵食品を中心とした料理を提供するカフェと、民藝の器や暮らしの道具、食に関する古書を集めたセレクトショップを併設したお店として2018年にオープンしました。カフェは店主の太田智子(おおた ともこ)さんと3人のスタッフ、セレクトショップは夫の準(ひとし)さんが担当しています。数ある発酵食品のなかでも、特に味噌が大好きだという智子さん。「発酵と民藝は通じるものがある」と語る2人に、「テマヒマ」が手掛ける“手間暇”の魅力をお伺いしました。
駅からのアクセスも良い住宅街の中を歩くと、築90年を超える昔懐かしい古民家が姿を見せます。玄関の土間から民藝の器がずらりと並び、室内に入るとさらに多くの器や道具が出迎えてくれます。「民藝」には様々な特徴がありますが、一般的には鑑賞用ではなく、毎日の生活で使う陶磁器や木工、ガラスといった手仕事のこと。その土地の素材や伝統技法を使った、飾らない「生活の中の美」が感じられます。そんな生活用具が並ぶショップエリアの奥がカフェエリアで、ランチやカフェタイムには発酵食品を使った手づくりのメニューが楽しめます。

「『テマヒマ』を始める前は通販会社でファッションやEC関係の仕事をしていました。趣味で全国の窯元を巡っていましたが、生業にするつもりはありませんでした。ある時、社内で早期退職の募集があったんですが、マネージャーの僕は対象外で。『惜しい!』と思った瞬間に、自分の中に辞めたい気持ちがあると気づいて(笑)。勢いで仕事を辞めて、お店をやろうとそこから2人で物件探しを始めました。発酵と民藝だけでなく、暮らし全般を発信するには古民家がいいと探していたところ、紆余曲折があって今のこの建物とご縁がありました」と準さん。

「テマヒマ」は発酵食品のなかでも、特に味噌にこだわったメニューを展開しています。大の味噌好きである店主の智子さんですが、実は飲食経験ゼロからのスタートでした。
「発酵との出会いは、母が大病を患ったのがきっかけでした。改めて食生活を見直し、調味料も体に良いものを使おうと思ったとき、発酵食品が体に良いと気づいたんです。知り合いのお店で味噌づくりを手伝ったら、味噌って意外と簡単に作れるんだと知って。そこから自宅で味噌づくりやぬか床を始めました。当時、手づくりの発酵食品について日記をつけていたんですが、読み返すとわくわくしながら発酵食品を作っている自分がいて(笑)。失敗もあるけれど、とにかく楽しい。発酵と出会う前は簡易的な調味料を使うことに何の疑問もなかったんですけど、いざ発酵食品を日々の生活に取り入れると、風邪を引くこともなくなったし、一緒に発酵食品を作る仲間も楽しい人ばかり。自宅に来た友人に手づくりの発酵食品を使って料理を出したら『お店をやったら?』と言ってもらえたんですけど、当時は専業主婦で飲食の経験もなくて…」と語る智子さん。こうした経験を通して、発酵食品、特に味噌の魅力にどっぷりとハマったそうです。

「味噌は全国各地にあって、それぞれ個性豊か。旅に出ると毎回お土産に味噌を買うので、荷物が重くなるんです(笑)。どんな具材でも味噌汁になる懐の深さも魅力で、料理の味が物足りない時も、少し味噌を加えるだけで味が決まる。美味しくて健康にも良くて、作るのも楽しい。ずっと味噌に惹かれていますね」と智子さん。

「『みそソムリエ』の資格を取得したのも店を始めるためではなく、味噌のことが知りたくて資格を取ったくらい(笑)。『テマヒマ』の料理は味噌愛に溢れたものばかりです」と準さんが語るほど、「テマヒマ」のメニューは味噌をふんだんに使ったものが並びます。月替わりのランチメニュー「お味噌汁を選べるおばんざいセット」は智子さんの味噌をアレンジするアイディアがたっぷりです。
「テマヒマ」では素材にもこだわり、出汁に使う鰹節以外、動物性食材不使用で作られています。土鍋で炊いた発芽玄米に、漬物や小鉢など食べ応えのある逸品が並びます。味噌汁の味噌は米、麦、豆など3種類から選ぶことができ、1種類は月替わりなので、来店のたびに新しい味噌に出合えます。味噌は厳選して全国各地から取り寄せています。

モバイルオーダーが一般的になってきた時代ですが、ランチの注文時には味噌の地域性や特徴をお伝えした上で、好きな味噌を選んでもらっています。おばんざいにも味噌を使った料理が多く、『味噌っていろんな料理に使えるんですね』と言ってもらえたり。味噌=味噌汁と思われがちですが、それだけではもったいない。レシピをお伝えすることもありますし、冬には手前味噌づくり講座も行っています。ここで食べて終わりではなく、自宅でも料理に味噌を使ったり、味噌そのものを作ったり。その入り口になれば」(準さん)
「全国各地にいろんな味噌や発酵食品があることを知って、楽しんで欲しいんです。発酵の菌の力を借りると料理が美味しくなる。家庭でも気軽に味噌を取り入れてほしい。味噌づくりは、大豆を煮たり、潰したりする作業が大変かもしれませんが、自分で作った味噌の美味しさを知ると毎年作りたくなりますよ」(智子さん)
「味噌の地域性をお話しすると、友達同士で来店された方が『うちは麦味噌』『昔から米味噌』なんて会話が広がるんです。親しい友達でも家の味噌の話ってしないですよね? ちょっとしたトークのきっかけになるし、そこから家庭の話、実家の話、故郷の話にも繋がっていく。味噌トーク、盛り上がりますよ」(準さん)

ランチメニュー以外にも、カフェタイムに提供する「ぜんざい」(冬季限定)には箸休めに塩昆布ではなく、5種類の味噌を添えるのが「テマヒマ」流。
「多くのメニューに味噌を使っています。ぜんざいにつける5種類の味噌は、味噌の違いを楽しみつつ、塩気が甘さを引き立ててくれます。木曜日限定のカレーも味噌を使ったもの。動物性食材を使わず、乳酸発酵させたキノコを使ったり。自然や発酵の恵みから生まれる、美味しいご飯を食べてもらって、ご家庭で取り入れる際のヒントになればと思っています。」(智子さん)

もちろん料理を提供する民藝の器は、セレクトショップで販売しているのと同じものがほとんど。器の魅力に触れながら食事を楽しめます。
「お店を始めて8年も経つと、開店当初から使っている漆のお椀にも変化が見えるんです。『使い続けるとこう変化しますよ』と新品と比べることで、民藝の器が持つ“経年の美”も感じてもらえます。民藝と発酵には共通点が多いんです。どちらにも『他力』や『無名性』がある。『他力』は『自力』があってこそですが、例えば民藝の器は、作り手が窯の火に委ねることで生まれます。発酵も同じように、人が環境を整え、菌の働きに任せることで醸されます。誰か一人の発明でもなく、明確なレシピもないまま、古くから受け継がれてきた発酵は、民藝の“無名性”そのものです。民藝も発酵も、先人たちが積み上げた伝統の上に成り立っています。
民藝は“モノ”と思われがちですが運動であり、暮らし全般の提案だったり、思想や哲学でもある。発酵も同じで、食品や現象だけでなく、モノサシにもなり得ると思っています」(準さん)
「テマヒマ」では発酵食品を使ったカフェや、民藝のセレクトショップだけでなく、「思いやりチケット」や「哲学カフェ」といった“善意”や“思考”を引き出し、人と人が繋がる、他にはない試みも展開しています。
「『思いやりチケット』は、ドリンク約4杯分の料金で5枚綴りのドリンクチケットになっています。最近世の中が少しギスギスして、寛容さを失っていると感じていて…。ちょっとしたきっかけで心が温まり、穏やかになればいいなと思い、1年ほど前から始めました。5枚のうち1枚は言わば『テマヒマ』からのプレゼント。購入したお客様が使ってもいいし、誰かにプレゼントしてもいい。そして、そのプレゼントは誰が受け取ってもいいんです。所謂『恩送り(ペイフォワード)』という善意の種を次へと手渡す振る舞いです。」(準さん)

「思いやりチケット」の贈り方・受け取り方はとてもシンプル。ノートにチケットを1枚貼り付け、見知らぬ「誰か」へ宛てたメッセージを書きます。そのメッセージを読んで「自分宛てだ」と思った人が返事を書き、チケットを使ってドリンクを注文できます。
「もしかしたらアプリ化できるかもしれませんが、あえて紙のチケットでアナログにしています。誰に贈るかをお客様自身にノートへ書いてもらう。ノートはチケットの購入に関わらず誰でも見られるようにしていて、『ほっと一息つきたいママさんへ』『仕事の合間に立ち寄った人へ』など、宛先は様々。ノートの中でコミュニケーションが生まれるんです。なかには『私のことを言ってくれている』と涙するお客様もいました。送り主は何年か前の自分に宛てた手紙のつもりだったそうですが、その人の過去は誰かの今でもある。誰かが受け取った瞬間に利他が発生する。時間を超えたコミュニケーションが生まれる面白さがあります。5枚綴りなので、購入した人は『あのチケットどうなったかな?』と次に来たときの楽しみにもなる。この『思いやりチケット』は発酵にも通じていて、楽しんで“待つ”営みでもあります。
僕たちはぬか床となるノートだけを用意して、その中でどんなコミュニケーションが生まれるかは“微生物”(お客様)次第。
意外な広がりや繋がりが生まれるし、そのやり取りを眺めているだけでも良い気持ちになる。緩やかな優しさを受け取ってもらいたいんです」(準さん)

「哲学カフェ」は月に一度開催される“対話”の場。哲学的思想を語り合うのではなく、日々のモヤモヤしていることを語り合うトークセッション。答え探しが目的ではなく、寧ろ答えのない「問い」について言葉を交わすこと自体を楽しみます。
「社会人になると、似た環境や属性の人としか話す機会が多くなりがちです。テマヒマの『哲学カフェ』では、普段は出会うことのないような人同士が、初めて顔を合わせても自己紹介はせず、年齢や職業も明かさないまま、互いのモヤモヤについて「問い」を出し合い、語り合います。議論したり、論破するのではなく、人の話を聴く営みです。普段話さないテーマについて、ドリンク片手に考えを深めていく。始めて1年ほどになりますが、このイベントも“ぬか床”みたいだなと気づいたんです。
僕は司会進行として場を整え、あとは参加者に委ねるだけ。それぞれの考えが時間をかけて発酵、熟成が進むのを楽しんでもらいたい。名前を明かさずに語り合いますが、この古民家という空間も相まって、SNSなどの匿名性とは全く異なり、互いの姿や表情を見ながら話す、健やかな時間が流れています。」(準さん)
発酵食品を使った手料理、全国各地の手仕事、そして「思いやりチケット」や「哲学カフェ」。「テマヒマ」が提供するのはグルメや雑貨だけでなく、暮らしを考え、カルチャーを体感できる場でもあります。

「『哲学カフェ』も『思いやりチケット』も始めてから気が付いたのですが、どちらもとても“発酵”と同じように感じます。発酵は食べるだけでなく、考え方にも通じるものがある。『テマヒマ』は住宅街の路地裏にあるので、偶然たどり着くことはほとんどありません。発酵や民藝、古民家好きな人だけなく、妊婦さんや赤ちゃん連れ、健康志向の方などなど、本当に様々なお客様がわざわざ調べて遠方からもお越しになります。そんな皆さんが目的とは違う何かを持ち帰ってもらえる、“入り口”のような場所でありたいと考えています。オープンして8年になりますが、『テマヒマ』は僕ら2人だけで成り立っているわけではありません。スタッフやお客様、人と人との繋がりによって今のお店があります。“成長よりも深さ”。これまでゆっくり発酵、熟成してきたように、これからも自然に任せ、その変化を楽しんでいきたいと思います」(準さん)