発酵でつながる、おいしい輪!「私の発酵“推し”美食」
Vol.34 発酵で広がる料理の可能性。
MAISON OLINAオリヴィエ・ガルシアさんの
「ヘンな味噌」と牡蠣のグラタン
2026/10/01
Vol.34 発酵で広がる料理の可能性。MAISON OLINAオリヴィエ・ガルシアさんの「ヘンな味噌」と牡蠣のグラタン
発酵でつながる、おいしい輪!「私の発酵“推し”美食」
2026/10/01
東京・蒲田といえば、香ばしい羽根つき餃子や赤ちょうちんが灯る酒場を思い浮かべる人も多いでしょう。そんな気取らない下町の路地裏に佇むのが、2026年4月にオープンしたフレンチレストラン「MAISON OLINA(メゾン オリナ)」。扉を開けると、コンクリート打ちっぱなしの空間に、やわらかな間接照明と木のカウンターが映える、落ち着いた世界が広がります。
営むのは、オーナーシェフのオリヴィエ・ガルシアさんとクリエイティブディレクターの髙遠菜都子(たかとおなつこ)さん。二人が“推し”として選んだ発酵食は、日本の食卓ではおなじみの味噌でした。

オリヴィエ・ガルシアさんと髙遠菜都子さん。
フランス出身のオリヴィエさんが発酵の魅力に引き込まれたのは、来日する前のこと。きっかけは、約1年間暮らしたスウェーデンでした。当時、ファッションデザイナーとして働く菜都子さんの仕事に伴って渡った北欧の地で、オリヴィエさんは現地のレストランの厨房に立ち、料理の新たな可能性に触れることになります。
長く厳しい冬を越すために、日常に保存食や発酵の知恵が根づく北欧。そこで出合った乳酸発酵の技術や、魚・肉の熟成、コンブチャの仕込みなどを通じて、微生物が素材の味わいを変化させていくおもしろさに魅せられていったのです。
そして舞台は日本へ。拠点を日本に移したオリヴィエさんを待っていたのは、日本が誇る豊かな麹文化との出合いでした。
「味噌は、フランスでもよく使われているので、もちろん知っていました。ただ、自分で味噌を作るようになったのは日本に来てから。お米のデザートを作りたいと考え、いろいろと調べているときに、千葉県の米農家さんを紹介してもらったんです。彼が作る米麹が本当にすばらしくて。麹に深い興味が湧きました」

店内の階段に置かれた自家製発酵食の保存瓶。
その後、青大豆農家さんとの縁で、味噌を毎年仕込むおばあちゃんのもとで味噌づくりを教わったり、小豆島の醤油蔵を訪ねたりと、オリヴィエさんの探究は続きました。
発酵の世界に深く入り込んでいくオリヴィエさんの様子を、菜都子さんはこう語ります。
「彼は、自分が外国人だからこそ、表面的に日本の食材を使いたくないと思っているんです。日本に来たから日本の食材を取り入れる、ということが簡単にはできない。まずはきちんと理解して、そのうえで自分の料理に使っていく。だから、日本で暮らし始めてからは、食材の違いを一から考え直すこともたくさんありました」
こうして作り手に会って話を聞き、実際に手を動かしながら、日本の発酵文化を学んでいったオリヴィエさん。やがて、自由な発想でオリジナルの味噌を仕込むようになります。

発酵中の味噌は、空気に触れないよう密閉する。
「今おもしろいのは、ヘンな味噌づくり、です」
そう言って、オリヴィエさんが視線を向けたのは、店内の階段に並ぶ保存瓶たち。じゃがいもの味噌、にんじんの味噌、かぼちゃの種で仕込んだ味噌。冷蔵庫にはパンの味噌やポップコーンの味噌なども眠っているといいます。

殻つき牡蠣を使い、殻を器に。家庭では、むき身の牡蠣を耐熱皿に並べて作ると手軽!
そんな「ヘンな味噌」を使って作るのが、今回の料理。使うのは、乾いてしまったパンを麹と合わせて発酵させた「パンの味噌」です。味わいは白味噌に近く、まろやかな甘みが特徴。
「発酵がもたらす長期保存の知恵を生かせば、日が経ち、パサパサになってしまったパンも捨てずに済む。食材をできるだけ無駄にしたくないという思いから生まれた、サステナブルな味噌です」
これをベシャメルソースに加え、牡蠣にのせて焼き上げます。家庭で作る場合は、白味噌があればおすすめ。なければ、信州味噌など身近な味噌でもおいしく作れます。
※ベシャメルソースは冷凍庫で2週間ほど保存可能。粗熱をとって小分けにし、空気を抜いて冷凍庫へ。

味噌を加えると、酵素の働きでベシャメルソースが少しゆるくなるため、再び加熱し、混ぜながらとろみを調整する。
「牡蠣は、フランスでもよく食べられている食材。ベシャメルも、グラタンやクロックムッシュなどに使われる、なじみ深いソースです。フランスでは牡蠣にビネガーを合わせることも多いので、この一皿でも黒にんにくのビネガーソースをアクセントに。濃厚なベシャメルを、味噌で調味するのは僕の自慢。塩だけで味をととのえるのとは違って、味わいにやわらかな奥行きが出ます」
ミルキーな牡蠣とクリーミーなベシャメルソースを、ビネガーのさわやかな酸味がきゅっと引き締める、絶妙なハーモニー。濃厚なのに軽やかな味わいに頬がゆるみ、思わずうっとりと目を閉じたくなるほど。

1cm厚さに切ってまるく型抜きした豆腐にベシャメルソースをのせ、オーブンへ。手軽で軽やかな前菜に。
「この味噌ベシャメルは、多めに作っておくと、いろいろな料理に使えてとっても便利。パスタやグラタンはもちろん、じゃがいもや豆腐にかけて焼くだけでも、立派な1品になります」

料理はオリヴィエさん、ワインやサービスは菜都子さんが担当。
数多くの自家製発酵食材を仕込み、発酵の世界へ深く潜り続けるオリヴィエさん。とはいえ、MAISON OLINAでは発酵を前面に押し出すことはしていません。発酵はあくまで、料理を組み立てるための一つの手段なのだ、と菜都子さんは話します。
「本人がよく言うのは『絵を描くときに筆先につけた絵の具をキャンバスに落とすような感覚で、発酵を使っている』ということ。たとえば料理にもう少し甘みや塩味がほしいとき、砂糖や塩をそのまま加えるよりも、自分で作った発酵調味料を使ったほうが、どこか温かみのある味わいになる。そしてそれは、彼自身が料理を楽しむための大切な要素でもあります」
もちろん、すべてがうまくいくわけではありません。仕込んだものが料理には合わなかったり、イメージした味にならなかったりすることもあります。一方で、発酵というひと手間を経ることで、食材同士の相性に新たな発見が生まれることも。
「この食材同士は合わない、こっちは意外とよかった、そんな発見もおもしろい」とオリヴィエさん。
その試行錯誤は、料理の可能性を探る小さな実験の積み重ね。成功も失敗も、オリヴィエさんの料理の幅を広げる、新たなヒントとなっています。

「これは、にんじんの味噌」。サービス精神満点で、気さくなオリヴィエさん。
「次は、ポン菓子で味噌が作れないかな、と思っています」
米に圧力をかけて膨らませる懐かしい駄菓子も、オリヴィエさんの目には新しい発酵の素材として映るようです。
「味噌は大豆と麹で作るものだ、と言われたこともあります。フランスでは、バゲット・トラディションと呼べるのは小麦粉と塩とイースト、水だけで作ったものという厳格な決まりがある。でも、米粉で作ったパンはパンではないのか?と言われたら、やっぱり僕はパンだと思う」
伝統や定義をないがしろにするのではなく、まず深く知ったうえでその境界を問い直し、拡張していく。オリヴィエさんの「ヘンな味噌」は、そんな自由な発想から生まれています。
次回、オリヴィエさんと菜都子さんからのバトンは、学校給食の調理師として子どもたちの食に向き合う小川航平さんへ。麹や発酵、日本の伝統食材を取り入れたイタリア郷土食のポップアップレストランも主宰する、小川さんが推す発酵食とは? どうぞお楽しみに!
MAISON OLINAシェフ。1991年、フランス・ペルピニャン生まれ。スペイン人の父とフランス人の母のもとに生まれ、南仏の太陽と大地が育む「伝統」と、パリの洗練が生む「革新」の双方を肌で感じながら、料理人としてのキャリアをスタートさせる。さらにスウェーデンでの生活や旅で培った異文化への食や生活様式への深い理解も、シェフとしての表現の幅を広げる要素に。2026年4月、髙遠菜都子さんとともに蒲田に「MAISON OLINA」をオープン。
MAISON OLINAクリエイティブディレクター。千葉県出身。元ファッションデザイナー。世界的なラグジュアリーブランドで培った審美眼を、ブランド体験そのものへと注ぐ。備品、メニュー、そしてゲストがまとう時間をトータルでディレクションし、マダムとして心地よい空気感をデザインする。
Instagram:@maison_olina