甘酒の歴史・読み物

甘酒祭りレポートVol.3
猪鼻熊野神社 甘酒まつり

甘酒祭りレポートVol.3猪鼻熊野神社 甘酒まつり

悪疫退散を祈り、甘酒を掛け合う
「猪鼻熊野神社 甘酒まつり」

埼玉県秩父市荒川白久の猪鼻(いのはな)地区にある猪鼻熊野神社の甘酒まつりは、別名「甘酒こぼし」とも呼ばれ、「甘酒祭」として埼玉県選択無形民俗文化財にも指定されています。

午前中の厳かな神事と、ふんどし姿の男たちが甘酒を掛け合う午後の祭事は、いずれも悪疫退散と災い除けを願うもの。遠方から多くの見物客が訪れ、奇祭としても注目を集める「甘酒こぼし」の様子をレポートします。

「甘酒こぼし」の起源は奈良時代の疫病流し

秩父鉄道の終着駅「三峰口駅」から徒歩15分ほどの猪鼻地区にある、山の中腹に鎮座する猪鼻熊野神社。

ここで行われる甘酒こぼしの起源は、天平8年(736年)にさかのぼります。「熊野神社縁起」によると、遠い昔、東征のため日本武尊(やまとたけるのみこと)がこの地を訪れました。その折に仕留めた猪が、実は人々を脅かす山賊だったことから、村人は喜んで濁り酒を献上したのです。日本武尊は、「山賊退治の成功は神々のおかげである」として熊野神社を祀り、矢を奉納します。

そうして時は移り、奈良時代に疫病が流行した際、日本武尊に献上した濁り酒を甘酒に変え、疫病を流すべく互いに掛け合ったことが、甘酒こぼしの始まりだといわれています。

薬として重宝され続けてきた麦麹の甘酒

現在、年々過疎化・高齢化が進む猪鼻地区では、伝統ある祭事を継承するため、保存会を結成して尽力してきました。中でも重要な仕事のひとつが、祭り前夜に行われる甘酒の仕込みです。

釜に麦と水を入れて2升のお粥を4~5回に分けて作り、冷めたところで大樽に移し、麦麹を投入します。そして夜が明けるまで、その年の担当2名がつきっきりで温度管理し、発酵させて出来上がった甘酒は、酸味のある独特の味わいがあり、「薬」として重宝されてきました。

地元の人々によると、空気穴を開けたペットボトルにその甘酒を保存し、上澄みを飲むのが健康の秘訣だそうで、台所を預かる女性たちは、普段のお料理やお饅頭づくりに使うなど、日常生活に自然な形で取り入れる工夫もしているそうです。この甘酒は、祭礼の日に甘酒こぼしの準備が始まる前まで、広場を見渡す一角に設けられた甘酒かきこみ所で振る舞われます。

いよいよ神事がスタート!

7月某日の祭礼当日、午前10時に神事が始まります。神主の祈祷が始まると同時に、開始を知らせる花火の音が鳴り響きました。本殿の中に入れるのは、宮司と地区の代表者のみ。祈祷を終えたら、神前に供えられた甘酒が大樽に戻され、神事は終了です。

午後から行われる甘酒こぼしの参加者は、神事のあいだに受け付けを行い、はちまき、わらじ、ふんどし用の手拭いを受け取ります。

神事終了から甘酒こぼしまでは、およそ2時間。参加者は、地元の保存会の皆さんと、広場に面した集会所で食事やお酒をともにして士気を高めます。賑やかな声が響き渡る中、広場には「毎年、甘酒こぼしを撮影し続けている」という人や遠方からのツアー客など、続々と見学者が集まり始め、ひしめき合うようにして祭事の開催を待ちます。

ふんどし姿の勇壮な男たちが甘酒を掛け合う

午後1時、祭礼開始を告げる号砲が再び鳴り響きます。広場中央の四方に刺した忌竹(いみだけ)に、注連縄(しめなわ)を巡らせた祭場に甘酒の入った大樽が運ばれると、大天狗に扮した地元民に次いで、宮司が登場します。

大樽に向かってお祓いが行われているあいだ、人々の健康を祈る古(いにしえ)の祈りが時間を超えて届いたかのように、山間の集落全体が荘厳な空気に包まれました。

お祓いを終えた宮司と大天狗、旗持ちが舞台を去ると、いよいよ甘酒こぼしの始まりです。開始の合図とともに、ふんどし姿の男性たちは境内奥の貯水池へ走り、桶にくんだ水を次々と大樽に投入します。薄められて量が増えた甘酒をくみ上げては、桶を空中に放り投げるかのような勢いで互いに掛け合います。

「もっともっと!」「いけー!」など、先程までの厳かな雰囲気とは一転、境内を包み込む異様なまでの熱気は、大樽の甘酒が尽きるまで続きました。

甘酒がなくなると、樽を地面に転がして貯水池まで運び、掛け声とともに水の中に放り込んで祭事は終わりを告げます。本殿に終了を報告し、入り口に立てられた大きなのぼりを下ろすと、一同から安堵の声がもれました。

甘酒の力を今に伝える貴重なお祭り

祭りの由来とされる疫病流しの祭礼から1300年以上の時を経て、今なお続く甘酒こぼし。地域住民が丹精込めて作った甘酒を飲んだ者や、甘酒を掛けられた者は、1年を病知らずで過ごせるといわれています。一度見たら忘れられない祭事の裏には、昔から伝えられてきた甘酒の健康効果と伝承に力を注ぐ地元保存会の努力がありました。

年に1度の開催を待ちわびて、全国から参加者が集まる甘酒こぼし。甘酒の魅力を堪能できるお祭りです。


開催日:
毎年7月第4日曜日

開催場所:
猪鼻熊野神社(埼玉県秩父市荒川白久1787)

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